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二子玉川 「代官山 ASO チェレステ」 でディナー
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出産予定日を2週間後に控えた友人とディナー。
ここまで出産を間近に控えた人との食事は初めてだったので、ちょっとドキドキだったのですが、彼女は至って元気。何でも食べられるからと、「代官山 ASOチェレステ」をチョイス、予約までしてくれました。

彼女は初めての訪問。私はランチに、このときこのときの2回、訪れていますが、夜はやはり初めて。
想像していた通り、昼間とはまるっきり違った印象です。
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平日の夜のコースメニューは4種類。
わかりづらいので、アンティパスト→前菜、プリモピアット→パスタ、セコンドピアット→メインにそれぞれ置き換えさせていただくと、
MENU A :前菜+パスタ+メイン+ドルチェ 6,300円
MENU B :前菜+メイン+ドルチェ 5,200円
MENU C :パスタ+メイン+ドルチェ 4,800円
MENU D :前菜+パスタ+ドルチェ 3,800円

これにストゥツキーノ(つきだし)とフルーツの冷たいスープorシャーベット、食後のドリンクが付きます。
ちなみに、土日祝は、MENU Aのみだそう。平日のほうがお得。

プリフィクスのメニューは、メイン以外はランチと一緒です。
メニューとしばら~く睨めっこをした結果(「お決まりですか?」と2回も声を掛けられました。笑)、友人はC、私はBをチョイス。

私のデジカメは暗いのが超苦手なので、画像が美しくないです。ごめんなさい。

ストゥツキーノ(つきだし)
かぼちゃの冷製スープ
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中にはコンソメゼリーと、下にリコッタチーズが沈んでいます。
かぼちゃ?と思いながらかき混ぜると
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ちゃんとかぼちゃ色になりました。美味し~い。

パンとホイップバター
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友人のアンティパストは、+1,050円で
フォアグラのソテーと洋梨のロースト マスカルポーネクレープを添えて
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私のアンティパスト
帆立貝と海老とローストトマトのサラダ カプレーゼ仕立て
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チーズに見えるのは、白身魚のムース。さっぱりとしています。

友人のプリモピアット(パスタ)
秋鮭と舞茸のスパゲッティ ホワイトアスパラのクリームソース
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前回私がランチでいただいたときはスカンポ風味(香草)でしたが、今回はホワイトアスパラのソース。あっさりめのちょっと変わったお味。

私のセコンドピアット(メイン)
イベリコ豚のグリリア 爽やかなルコラソース むかごのロースト添え
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みなさま、「むかご」ってご存知ですか? 友人も私も知らなかったんですけど・・・。
「虫のような名前だけれど、きっとお魚よね」なんて勝手に想像(笑)。お聞きしたら、山芋の一種ということ。でもこんなに小さいとは思わなかった~。
私と同様、無知な方、こちらをどうぞ。

ここでチーズをすすめてくださったのですが、友人も私もチーズLOVEではないので、お断りさせていただきました。

温州みかんのシャーベット
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友人のドルチェ
モンブランとほろ苦いコーヒーゼリー キャラメルのアイスクリーム添え
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超甘々のモンブラン、前回私はペロリと食べきってしまったのですが、彼女にはこの甘さはきつかったようです。

私のドルチェ
バニラとキャラメルのアイスクリーム 色々なフレッシュフルーツと
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ちょっぴり苦めのキャラメルアイスが美味しい。
アイスの上にのっているのは生姜風味のクッキー。

プティフール
ヘーゼルナッツが入ったビスキュイとピスタチオの入ったガトーショコラ
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最後は、いつも通りお紅茶を。
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ディナーよりもランチのほうがコストパフォーマンスがいいとお聞きしていたのですが、私は夜も結構気に入りました。サービスもよりきめ細かくスマートで、これならサービス料13%にも納得。
女性同士ならお天気のよいランチに、カレとならムード満点の夜に、といった感じかしら。
私たちのお隣のテーブルは、ご結婚記念日のお食事だったようです。

友人は、初めての子の出産予定日が2週間後に控えているとは思えない身軽さ。見た目も、とても臨月には見えない!
話は尽きなくて、閉店の23時まで話し込んでしまったのですが(今回も追い出されました。笑)、自分のことよりも翌日仕事がある私のほうを心配してくれるような状態。
次の日も、「昨日はありがとう」なんてメールのやりとりをしていたのですが、その2日後、予定よりも早く、彼女は元気な男の子を出産しました。
yoyoちゃん、おめでとう! 一緒にお食事しているときに産気づかなくて良かったわ^^;
目鼻立ちのしっかりしたかわいいベビーちゃん。お会いできるのを楽しみにしています。


「代官山 ASO Celeste」 二子玉川店
東京都世田谷区玉川3-17-1 玉川高島屋S・C南館11階
TEL 03-5797-3380
Lunch 11:20~14:00(L.O.)
Dinner 18:00~21:00(L.O.)
定休日:なし


■関連記事:
 二子玉川 「代官山 ASO チェレステ」 でランチ (06/07)
 二子玉川 「代官山 ASO チェレステ」 でランチ No.2 (06/10)
by camille_31 | 2006-11-28 23:20 |  ITALIAN
ポルトガル紀行:4日目(8/24) ランチ&ディナー
4日目のランチは、アルコバサの修道院の近くで。
パン
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コンソメ・デ・ベラオ(野菜の冷製クリームスープ)
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メイン(鶏肉)
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メロン
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ディナーは、宿泊したナザレのホテルの庶民的なダイニングにて。
パン
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野菜のスープ
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サラダ
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いわしの塩焼き
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日本と同じでしょ? 何と、お醤油まで常備されていました(笑)。
ポルトガルでもとってもポピュラーなお料理。
お味はもちろん、美味しかったです。

パォン・デ・ローとバニラアイスクリーム
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カステラの原型と言われる「パォン・デ・ロー」は、卵と砂糖を一緒に泡立て、それに小麦粉を加えて窯で焼くだけのシンプルなもの。
焼き方は様々で、中がトロリとした半生状態のものからパサパサになるまで焼き上げるものなどいろいろあるそうですが、こちらはパサパサ状態。しっとりしているのを食べてみたかったわ。
by camille_31 | 2006-11-26 22:56 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:4日目(8/24) ナザレ
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「ナザレ」は、アルコバサの北西約14km、大西洋に臨む町です。
町の名は、キリストが育った地、イスラエルのナザレから1人の僧がマリア像を持参したことに由来します。
8世紀、西ゴートのロドリゴ王がロマノという僧とともにこの地にやってきたとき、僧が携えていたマリア像がイスラエルのナザレのものでした。そこからこの町の名がつけられたそうです。

かつては、17世紀に漁師達が移り住んでできた漁村でしたが、今では、夏にはポルトガル国内はもとより、ヨーロッパ中からバカンス客が訪れるリゾート地だそう。
ということで、勝手に高級リゾートのようなイメージを持って訪れたのですが・・・、まるっきり違いました。リゾートというよりも、庶民的な海水浴場、といった感じ(笑)。

ナザレは3つの地区に分かれていますが、観光ポイントが集まっているのは、高さ100mを越える断崖の上にある、シティオ地区。

展望台
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展望台からの眺めは絶景。
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見下ろしているのは、プライア地区。「海岸」という意味だそう。
ものっすごい数の海水浴客! ちょっと気持ち悪~い。
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展望台の脇にある
メモリア礼拝堂
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とても小さな礼拝堂。聖母マリアの奇跡が起こった場所です。
1182年、当時の領主ドン・ファス・ロピーニョがここで狩りをして鹿を追っていると、深い霧が立ちこめ、方角が分からなくなってしまいます。すると、突然聖母マリアが現れ、馬の行く手をふさぎました。馬から下りてみると、そこは崖の1歩手前。命を救われた領主は感謝の気持ちを込め、その地に礼拝堂を建てました。
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中にはとても小さなキリスト像と、階段を下った先にやはりとても小さな聖母マリア像。
階段の途中には小さな窓があって、そこから外を見ると、断崖絶壁に建っているのがよくわかります。
ヴァスコ・ダ・ガマが航海の前にここで安全祈願をしたそうです。

ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会
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先述したロマノ僧は、死を迎える前に、携えてきたマリア像を崖の洞窟の中に隠しましたが、468年後、羊飼いがこれを発見します。その後、上記の聖母マリアの奇跡が起こったため、巡礼者がこの地に押し寄せるようになりました。そこで、1377年、この教会の基となる聖堂を建設。
現在の建物は、17世紀に造られたもので、聖母マリア像の他、ナザレの守護聖人たちが祀られています。

中は見事なバロック様式で、祭壇や天井のターリャ・ドゥラーダ(金泥細工)や、壁を埋め尽くす、旧約聖書を題材とした18世紀のアズレージョがすばらしいのですが、残念ながら内部は撮影禁止。
ロマノ僧の聖母マリア像は、祭壇中央に掲げられています。
祭壇の裏には階段があって、そこを上ると、マリア像の裏側から正面にまわって、マリア像を目の前に見ることができます。


ホテルは海岸沿いのプライア地区に集中しています。
リゾートといっても、とても庶民的なところで、小規模なホテルばかり。もちろん高級ホテルもありません。私たちが滞在したホテルは、部屋にあるエアコンのスイッチをフロントで入れてもらう、というものでした^^;
ホテルにチェックインした後は、お散歩。海岸まではほんの数分です。
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翌朝は、この海岸で、アジの開きを天日干ししている様子を見ました。日本とまるで同じ光景です。

ナザレでは独特な民族衣装が見られます。
男性は、毛織りの格子縞シャツ、腰に黒い布を巻きつけて留める幅広のズボン、黒い縁なしの帽子。
女性は、頭に黒のスカーフを巻き、未婚女性は長めのスカートを2枚、既婚女性は柄の違う短いスカートを7枚重ね、未亡人は黒ずくめ。
今では男性はほとんど見かけないそうですが、民族衣装を着たご年配の女性は何人も見かけたので、写真を撮らせていただけば良かった~と後悔。とってもかわいいんです。未亡人の方もおふたりお見かけしました。
by camille_31 | 2006-11-23 23:18 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:4日目(8/24) アルコバサ
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アルコバサはバターリャの南西約10km。
こちらも修道院とともにできた小さな町。
アルコア川とバサ川が交わる場所にあるので、アルコバサと名付けられたそうです。

ポルトガルを建国したアフォンソ・エンリケスは、レコンキスタ(国土回復運動)に協力し、ポルトガルからイスラム教徒を追い出したシトー派修道会に感謝し、この地に修道院を建てました。
質素・簡素・禁欲を旨とするシトー派の姿勢は、この修道院の建築にも現れています。

1985年に世界遺産に登録されたこの修道院は、王室の悲恋物語の主人公「ペドロ王子とイネス」の石棺が安置されていることでも有名です。
ふたりの悲しい恋のお話については後述しますね。

《世界遺産》
サンタ・マリア修道院
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1178~1252年に建設。
完成後も増改築が続けられ、現在のバロック様式のファサードは18世紀に改築されたものだそうです。
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荘厳な空気が漂う教会内部。
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シトー派の質素・簡素・禁欲の姿勢が現れた、一切の装飾を排した簡素な作り。
教会内部の幅23m、高さ20m、奥行き106mはポルトガル最大の規模だそう。
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右側の翼廊に安置されている
ペドロ王子の石棺
6頭のライオンによって支えられ、側面に聖バーソロミューの生涯が彫られています。
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左側の翼廊には、ペドロ王子の棺と向き合って、イネスの石棺が置かれています。
こちらの石棺は、イネスを殺した人たちを獣に例え、顔が人間、体が獣の6匹の怪獣に支えられ、側面には、キリストの誕生から再来までのレリーフが刻まれています。

王の間
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ポルトガル歴代王の像が飾られ、
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壁面下部は修道院の歴史などを描いたアズレージョで装飾されています。
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首がなくなっている王の像や、像そのものが台からなくなっているものがあるのですが、1755年11月1日のリスボン大地震で落ちてしまったのだそう。

厨房の隣にある
貯蔵庫
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この他、食堂、厨房、修道士の寝室なども見たのですが、何故か1枚も写真がありません。ショック・・・。説明を聞くのに必死になっていたのかしら?

この修道院には、最盛期には1,000人もの修道士が生活していたそうです。
当初は1日1回しか食事をしなかった修道士たちも、18世紀になると堕落して肉食するようになり、肥満者が増えたとのこと。食堂の壁には幅の狭い木製のドアがついていて、ここを通り抜けられない修道士はダイエットをしなければならなかったそう。
また厨房には、巨大な煙突や大理石の調理台、水場、流しなどが残っていて、当時の様子が偲ばれてとても興味深かったです。

修道院前の町並み。
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*** ペドロ王子とイネスの悲恋物語 ***

ペドロ王子は、父アフォンソ4世の命令によりカスティーリャ王国のコンスタンサ姫と結婚しますが、その侍女のイネス・デ・カストロと恋に落ちてしまいます。
父王の怒りを買ったふたりは引き離されますが、コンスタンサが亡くなると、ペドロはイネスとの関係を公然にし、3人の子どもも生まれました。しかし、カスティーリャ王国の圧力を恐れた王と家臣によって、イネスは殺されてしまいます。
やがて王位についたペドロは、イネス殺害に加わった者をすべて処刑にし、イネスの遺骸を掘り起こして、正式な妻として教会に認めさせました。イネスの遺体に化粧を施し、絹の衣装を着せ、王妃の椅子に座らせ、その手にキスすることで、重臣達にも王妃として認めさせたそうです。

ペドロの遺骸は、彼の遺言により、イネスとともにアルコバサのサンタ・マリア修道院に安置されています。
ふたりの棺が向かい合った形(互いに足を向けた形)で置かれているのは、復活したときに、最初に目にするのがお互いの姿であるように、とのためだそう。

ちなみに、3日目に訪れたコインブラには、「涙の館」と呼ばれるイネスが住んでいた館があります。裏の庭園には、ペドロ王子と愛を語らった「恋人たちの泉」があり、その奥の「涙の泉」は、イネスがのどを切られて殺された場所。流した涙でできた泉と言われ、そこにある赤い石は、そのときのイネスの血で染まったと伝えられています。
by camille_31 | 2006-11-20 23:41 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:4日目(8/24) バターリャ
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ファティマの西約20km、「バターリャ」へ。
「バターリャ」はポルトガル語で「戦い」という意味。この町にはその戦いの勝利を示す、巨大な修道院があります。

ポルトガルは、1139年にスペインから独立、その後平和な日が続いていましたが、1385年に王位継承問題が起こると、王位を狙ってスペインが攻め入ってきました。
そして8月14日、バターリャ近郊のアルジュバロッタで、スペイン王の甥のフォン1世率いる3万人のスペイン軍と、わずか6,000人の兵を率いるジョアン1世が一騎打ちに。
ジョアン1世が、勝利を与えてくれれば壮麗な教会を建立すると聖母マリアに誓うと、奇跡が起きたようにスペイン軍は撤退、ポルトガル軍は勝利を収め、独立を守ったそうです。

実際の勝因は地形が味方したためだそうですが、3年後の1388年、ジョアン1世は約束通り、戦闘場所のアルジュバロッタから数キロ離れた地に修道院の建設を開始しました。

《世界遺産》
勝利のサンタ・マリア修道院
バターリャ修道院とも呼ばれていますが、正式名称は、サンタ・マリア・ダ・ビトリア修道院(Mosteiro de Santa Maria da Vitória)。
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1388年に始まった建設は、16世紀初頭まで、代々の王と建築家に引き継がれ、その結果、ゴシック様式とマヌエル様式が混在するポルトガル屈指の大建造物となりました。
もちろん写真はほんの一部。
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12使徒の彫刻のある入口を通って
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教会内部へ。
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奥行80m、高さ32m。非常に簡素ですが、ステンドグラスが彩りを与えています。
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創設者の礼拝堂
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中央には、手をつないだジョアン1世と王妃の棺。
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周囲にはいくつもの棺があって、こちらはエンリケ航海王子の棺。
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王の回廊
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初代建築家アフォンソ・ドミンゲスによって造られたゴシック様式の簡素な回廊に、リスボンのジェロニモス修道院を手掛けたボイタックがマヌエル様式の装飾を施しました。
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参事会室
広い部屋には柱が1本もありません。建設中は、20mの天井が落ちるのではないかと騒がれたそうです。
工事は死刑判決を受けた囚人達によって仕上げられたそう。
建築家アフォンソ・ドミンゲスは、完成後一夜をここで過ごし、安全を証明。舌を出した彼の顔が一画に刻まれています。
が、部屋全体の写真も舌を出したアフォンソ・ドミンゲスの写真も撮影し忘れました。

というのも、こちらが気になったから。
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何でこんなところに衛兵が?と思ったら、無名戦士の墓だそうです。
第一次世界大戦で、フランスとアフリカで戦死した2人の無名戦士が眠っているそう。
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ちょうど衛兵の交替式が始まりました。
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お墓の上の十字架にかかるキリスト像は、実際に戦場で立てられていたものだそうです。そのため、膝から下がなくなってしまったのだそう。リアルですね。
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一度外に出て、まわった先が
未完の礼拝堂
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屋根がありません!
屋根まで造ってから内部の細かい装飾に移るのかと思っていたら、下から造り始めて、屋根は一番最後なんだそう。
ジョアン1世の息子ドゥアルテによって1435年に建設が始まり、マヌエル1世に引き継がれましたが、完成を見ずに他界。ジョアン3世統治下の1533年を過ぎる頃から建設が中断されたそうです。
7つの礼拝堂が8角形の建物の中心から放射状に広がって造られています。

未完の理由には2つの説があります。ひとつはジェロニモス修道院の建設が始まり、建設技師がリスボンに移動、そのあおりを受けての人材と建築資材の不足。もうひとつは設計ミス。礼拝堂の大伽藍は、巨大な天井を吊り支えるには力学的に不可能なので取り止めたという説です。

1本の柱のアップ。
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ポルトガル独特のマヌエル様式の柱には、アフリカやアジアの珍しい動物や、珊瑚や海草、ロープなど、海に関するものをモチーフとした細かい装飾が施されています。
いろんな動物がいたのですが、写っていないですね(汗)。

未完の礼拝堂は、TOPの写真の右端のほうにも写っています。
ポルトガルのゴシック・マヌエル様式を代表する建造物であるこの修道院は、1983年に世界遺産に登録されました。
バターリャは、修道院のまわりに町ができたので、見るべきところも修道院くらい。
次は、ポルトガル最大規模の教会を持つ、世界遺産、アルコバサの修道院へ。
by camille_31 | 2006-11-18 23:05 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:4日目(8/24) 聖地「ファティマ」
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4日目はまず、聖母マリア出現の奇跡で知られる、キリスト教徒の聖地「ファティマ」へ。
コインブラの南約90kmにあります。


********  ファティマの奇跡  ********

第一次世界大戦中の1917年5月13日、3人の羊飼いの子どもの前に聖母マリアが出現するという奇跡が起きました。
9歳のフランシスコと7歳のジャシンタの兄妹、そのいとこにあたる10歳のルシアの3人がいつものように丘の上で羊の番をしていると、突然空が輝き、聖母マリアが3人の前に姿を現しました。そして今後5ヶ月間、毎月13日の同じ時刻、同じ場所に現れることを告げ、消え去りました。

噂は近隣の町や村に広がり、毎月13日には大勢の人が詰めかけましたが、聖母マリアの声は3人の子どもにしか聞こえず、子どもたちは謗られ続けます。
それでも、最後の出現となる10月13日には、奇跡を一目見ようと、7万人を超す人が集まりました。
やがて3人の子ども達が祈り始めると、土砂降りだった雨空から突然太陽が輝き、光が空を走ります。そして聖母マリアはやはり3人だけに聞こえる声で、「この地に礼拝堂を建てるように」と言い、3つの予言を告げたのです。

その予言とは、ひとつは第一次世界大戦の終結、ふたつ目は第二次世界大戦の勃発でした。
やがてその予言は現実のものとなるのですが、第一次世界大戦が終結した翌1919年にフランシスコが、さらに1920年にジャシンタが神に召されてしまいます(第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発をひとつ目の予言とし、このふたりの昇天をふたつ目の予言とする説もあります)。

1920年代後半からこの地への巡礼が盛んになりますが、1930年、ヴァチカンは正式に、ファティマを聖母出現の奇跡の地と認定しました。
出現の奇跡が起きた当時はオリーブの樹が点在する荒地だったファティマは、多くの巡礼者が集まるカトリックの聖地となったのです。

ところで、3つ目の予言ですが、その内容は口外することを許されず、ひとり生き残り、後に修道女となったルシアのみが知るところとされていました。
しかし、2000年になって、その予言は前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の襲撃を予言したものだったことが公にされたのです。

1981年、ヨハネ・パウロ2世がバチカンで襲撃。その日は偶然にも、ファティマに聖母マリアが初めて現れたのと同じ5月13日でした。重傷を負った法王がその後奇跡的に回復したのはマリアさまの御加護があったためと、翌年の5月13日、法王はお礼の参拝のためにファティマを訪れています。

その後2005年2月13日、ルシアは97歳で天に召され、同年4月にはヨハネ・パウロ2世が逝去しました。

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簡単にまとめたつもりですが、かなり長くなってしまいました。
読んでくださってありがとうございます。


マリアさまが出現した場所には礼拝堂が建ち、隣接して広大な広場と、1953年に建てられた荘厳な「バジリカ(Basilica)」があります。
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540m×160m、30万人以上が収容可能な巨大な広場は、毎月13日、特に5月と10月の大祭には多くの巡礼者で埋め尽くされるそうです。
私たちが訪れたのは13日でも休日でもありませんでしたが、夏休みシーズンだからでしょうか、多くの巡礼者や観光客が訪れていました。
ちなみに上の写真は、広場のかなりバジリカに近い位置から撮っています。

2日目に訪れた「ボン・ジェズス教会」の記事で、熱心な信徒は、祈りを唱えながら、長い石段の一番下から膝で登ってくると書きましたが、このバジリカでは、広大な広場の一番端から礼拝堂や大聖堂まで、長いロウソクを手に、膝で一歩ずつ歩いて向かう信者を何人も見かけました。
膝にサポーターやタオルを巻き、一人で、もしくは同行者に手を引かれ、懸命に前進する姿には胸を打たれました。若い方も多く、10代と見られる女性もいらっしゃいました。


聖母マリア出現の礼拝堂
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上の写真の右下部分が、他の小さな石が敷き詰められたところと地面(石)が違うの、わかりますでしょうか? ここを膝をついて歩いていくのです。

「出現の礼拝堂」は、聖母マリアが3人の子どもの前に出現した地に建っています。
中には聖母マリアの像があり、ロウソクの火が絶えません。ものすごい人で、遠くから手を伸ばして撮影するのが精一杯。
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ヴァチカンのサン・ピエトロ寺院を彷彿させる荘厳なバジリカは、1928~1953年に建設されました。
65mの塔を中心にした、左右対称のネオ・クラシック様式で、バジリカ自体が巨大な祭壇となっています。
巨大すぎて、全貌を撮影するには、かなり広場の先まで行かないと写せません。
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手前のキリスト像が立つ足元には泉が湧き出していて、聖なる水と呼ばれ、飲むこともできたのですが、私たちが訪れる少し前に突然枯れてしまったそうです。
その理由として信じられているお話もお聞きしたのですが、ごめんなさい、忘れてしまいました。
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正面には大きなミサを行うための司祭席があり、バジリカ内部には、奇跡を目撃した3人のうち、フランシスコとジャシンタの墓があります。

塔の左側、「聖家族の聖堂」と呼ばれる部分。
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大聖堂の内部。
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こちらもミサの前で、ものっすごい人。
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毎日数回のミサが行われているそうです。
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12万本のパイプを持つパイプオルガンは、ポルトガル最大だそう。反対側にも同じようにパイプが並んでいます。
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バジリカの案内所で詳しい日本語のパンフレットをいただいたのですが、そこには広大な広場が巡礼者で埋め尽くされた写真が載っています。

オリーブの樹が点在する荒地にすぎなかった地が、3人の子どもの話を信じることによって、多いときには100万人もの信徒が訪れる聖地となった。宗教というものの力の大きさに改めて驚かされるとともに、神聖であるべき大切な祈りの場に、観光客として興味本位で訪れることに、違和感というか、罪悪感というか・・・、何だかとても複雑な心境になったファティマ滞在でした。
by camille_31 | 2006-11-15 23:46 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:3日目(8/23) ランチ&ディナー
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3日目のランチは、コインブラ大学観光の前に、コインブラ市内、5月8日広場近くのカジュアルなレストランでいただきました。

スープ
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鴨ご飯
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ポルトガルの代表的な料理のひとつ。素朴な味で、美味しかったです。
一人分の量はこの倍はあって、残り少なくなると、よそいにきてくれます。お代わりしている人はあまりいらっしゃいませんでしたけど(笑)。
写真は撮りませんでしたが、もちろんパンもいただきました。

メロン
こちらのメロンは薄~い黄色なのですが、とっても甘くて美味しいです。
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お紅茶
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ディナーは、「パレス・ホテル・ブサコ」のダイニングで。
TOPの写真は、このときのテーブル上のキャンドル。
20時過ぎから2時間以上かけてゆっくりいただきました。

パン
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シーフード・パイ
Seafood vol-au-vent
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仔牛の足のトマトソース煮
Veal leg stewed in tomato sauce
Sauteed potatoes, mushrooms, small onions and bacon

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アーモンドパイとバニラアイスクリーム
Almonds pie, Vanilla ice cream
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お紅茶
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シャンデリアが輝くダイニングの雰囲気はとても優雅。日付の入った立派なメニューもいただきましたが、お料理のほうはあまり・・・。
前日(2日目)のお昼のほうがずっとずっと美味しかったです。
by camille_31 | 2006-11-13 23:17 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:3日目(8/23) ブサコ国立公園 パレス・ホテル・ブサコ(2)
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TOPの写真の下部にある外廊下が、(1)の最後から3枚目、4枚目の写真の廊下です。
階段を上ったすぐ右手にホテルの入口があります。
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上の写真を撮って、振り向いた写真がこちら。
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そして(1)でホテルから見下ろした美しい庭園へ。
私たちが到着したときにはたくさんの人が出ていたのですが、夕暮れが近づいて、人影はまばらに。
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池には白鳥がいます。このときは池から出ていますけど・・・。
HPの写真は、このコがメインです(もちろん違う白鳥でしょうけど。笑)。
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とにかく美しくて、何枚でも写真を撮りたくなります。
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載せすぎ?(笑)
何枚撮っても、何故か皆同じ角度に斜めになっていますね(汗)。
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このお庭は、翌朝出発前にも散歩し、また同じように写真を撮りました(笑)。
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ここは古くから修道僧たちが修行を行う神聖な土地。1622年にはローマ法王によって女人禁制と定められました。更に1643年、森林の植物に危害を加えたり、司教の許可なしに草木を切断することが禁止されました。
このように、人里離れた修道院の土地であったために、俗世間からほぼ完全に閉ざされ、自然が保たれたとのこと。
その後、19世紀に王室の管理下に置かれるようになり、王家の人々がこの森で狩猟を楽しんだそうです。
ブサコ国立公園の広大な森には、楓、樫、糸杉など、400種類もの木が茂っているそう。

ホテルに到着したときに、「ブサコ国立公園ウォーキングコース」の地図をもらいました。
ホテルは国立公園のほぼ中央に建っているのですが、ホテルを挟んでまるっきり反対の方向へ、1時間45分コースと1時間40分コース。両方のコースを歩いても、森林公園のほんの一部にしかすぎません。
お夕食までたっぷりあると思っていた時間も、気がついたらそれ程でもなくなっているし、人影もなく、ちゃんとした標識があるわけではないので、一人で迷子になったら嫌だな~と思い(笑)、あまりホテルからは離れない程度に散策しました。
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木漏れ日が気持ちい~い。
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ウォーキングコースには20を超す小さな礼拝堂が点在し、壮大なパノラマが楽しめる幾つかの展望台もあるのですが、いただいた地図も頼りにならないので、とにかくホテルの近辺のみお散歩。
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夕方到着し、翌朝には出発というあまりにも短い滞在。是非また訪れて、今度は心行くまで国立公園とホテルを満喫してみたいと思いました。


ホテルはもちろん5つ星。お部屋は様々なタイプがあるようですが、私たちが宿泊したのはこぢんまりとしたお部屋でした。
ゴージャスなスイート、見てみたかったです。
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by camille_31 | 2006-11-11 22:51 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:3日目(8/23) ブサコ国立公園 パレス・ホテル・ブサコ(1)
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コインブラの北約25km、豊かな自然に恵まれた「ブサコ」は、ポルトガルを代表する国立公園です。
元はカルメン派修道院付属の土地。うっそうとした森の中に、1628年に建てられたカルメル会派の修道院と、1888~1909年に修道院に隣接して建てられた、王室の狩猟のための宮殿があります。
宮殿は、完成直後に王制が廃止されたため、ほとんど使われることなく、1917年にホテルに転用されました。世界で最も美しい歴史的なホテルの一つと言われているそう。
3日目はこの豪華ポサーダ「パレス・ホテル・ブサコ」に宿泊しました。

ホテルには18時前に到着。チェックインが済んでからお夕食までの2時間余り、ホテルの中や外、ブサコ国立公園を散策しました。

まずはホテルの中から。
エントランス。
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サロン。
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大階段。
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階段の壁には、ポルトガルによるセウタ攻略を描いたアズレージョが飾られています。
窓から差し込む光が白と藍色のアズレージョに反射して美しい。
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階段の下には、1810年9月27日に行われた、ナポレオン軍侵攻を防いだブサコの戦いの様子が描かれています。
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ダイニングのオープンエアのテラス席を臨んで。
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ホテルの前には美しい庭園が広がっています。
テラス席でこの景色を眺めながらのお食事は気持ちがいいでしょうね。
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みんながカメラを向けているのは、もちろんこの美しい建物。

ネオ・マヌエル様式の建物は、荘厳で威厳を感じさせる建物。ねじれ柱や石の彫刻で飾られています。
こちらは、ホテルのエントランスから続く外廊下。
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こちらは庭園とは反対側のテラス。とにかく美し~い。
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「PALACE HOTEL BUSSACO」
Mata do Bussaco, 3050-261, Luso Bussaco
TEL 351 231 937 970
by camille_31 | 2006-11-08 23:18 |  ポルトガルとグルメ
西荻窪 「クーリ・ルージュ」 でランチ
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先日、西荻窪デビューしました。
loveswedenさんこの記事と、ぽて子さんこちらの記事を見てから、いつか行きたいと思っていた「クーリ・ルージュ」。夜に一度訪れたことがあるという、中央線沿線に住む友人と一緒に、休日のランチに訪れました。

西荻窪の駅からは徒歩15分程。ちょっと遠いです。
でもこの日はお天気が良くてとても爽やか。おしゃべりをしながらてくてく歩くのも楽しかったです。駅からお店までは、アンティークショップや古本屋、インテリアショップなどの小さなお店がたくさん並んでいて、帰りはお店を覗いたりして・・・。
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お店はわずか12席。シェフ1人とサービス担当1人。とても小さなお店です。
いつものように、他のお客さまが帰られた後で撮影。
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ランチ、ディナーともに2種類のコース。
ランチは1,890円、3,360円。ディナーは4,725円、7,140円。
ともに、安いほうがお魚料理orお肉料理、高いほうがお魚料理+お肉料理。

説明をお聞きしたら、メインのボリュームが結構ありそうだったので、私たちは1,890円のほうをいただくことに。
前菜+メイン+デザート+コーヒーor紅茶。これで1,890円です。すばらし~い!
どんなお料理が出てくるのか、わくわく。

パン
焼きたての熱々の状態で出てきます。
ひとつめは、自家製のゴマ入りパン。もちもちっとして美味しい。
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ふたつめは、やはり自家製のミルクパン。
食べるかどうか尋ねてから焼いてくださいます。こちらも、熱々、もちもち。
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バターは、国産のものと、+450円でエシレバターから選べます。
「うちの自家製パンは、エシレバターがとてもよく合いますよ」と言われる前に、私たちの心は既にエシレバターに傾いていました(笑)。
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前菜
生ハムとチーズと卵のガレット
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前菜にガレットって初めて。ちょっと濃いめの味なので、白ワインが進みます。
生ハムの下に半熟卵(食べかけの画像でごめんなさい)。
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友人のメイン
骨付き鶏もも肉のフリカッセ
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胡椒がピリリと利いて、スパイシー。
でもこの量は、途中で飽きちゃいそうでした。

私のメイン
メカジキのソテー
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メカジキの下のたっぷりキャベツに、蓮根、茄子、ポテト、ブロッコリー、カリフラワー、サヤエンドウ・・・。お野菜たぁっぷり。
ソースは上品で優しいお味。ボリュームもお味も大満足。
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ゴマのブランマンジェと牛乳のアイスクリーム
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真っ白なデザート。どちらも美味し~い。

コーヒー&紅茶
友人はコーヒー、私はいつも通りお紅茶を。
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余ったエシレバターは、「お持ち帰り下さい」と、こんな形に。
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メインのボリュームがかなりあって、お腹いっぱい。これだけのお料理で1,890円はコストパフォーマンス高すぎです!
お料理も、ビストロにありがちな大味ではなく、繊細な味付けで、特にお魚料理がおすすめです。
フレンドリーで、心のこもったサービスも気持ちがいい。
loveswedenさんがお気に入り、というのに納得です。

2003年にオープンしたこちらのお店、場所柄、平日はご近所の方が多いそうですが、土日は私のように遠くから訪れるお客さまもいて、いつも予約でいっぱいとか。もちろんこの日も満席でした。
最後は、シェフがキッチン内からガラス越しにご挨拶、サービスの方は、私たちの姿が見えなくなるまで見送ってくださいました。
遠くからわざわざ出かける程ではないと思いますが、ご近所にあったら嬉しいお店。月に1回は通っちゃいそうです。


「Coulis Rouge」
東京都杉並区西荻北4-26-10
TEL 03-3395-8289
Lunch 11:30~15:00(L.O.13:30)(日 12:00~)
Dinner 18:00~22:00(L.O.21:30)
定休日:水
by camille_31 | 2006-11-04 23:38 |  FRENCH