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ポルトガル紀行:ポルトガルのスイーツ
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今回の旅行では、ゆっくりスイーツを楽しむ時間がなかったのですが、そんな中でいくつかいただいたポルトガルの伝統的なお菓子やポピュラーなデザートをご紹介します。

TOP画像は、3日目に訪れた、アズレージョが美しい水郷の小さな町「アヴェイロ」でいただいた、アヴェイロ銘菓「オヴォシュ・モーレシュ・デ・アヴェイロ」。
小さな魚や貝殻の形をした白くて薄~い皮の中に、濃厚な卵黄クリーム(ドース・デ・オヴォシュ)がたっぷり詰まっています。かなり甘くて、イメージは日本の最中。
15世紀に旧イエス修道院の修道女によって作られ始めたもので、現在もこの町の女性たちによって作られているのだそう。卵黄クリームの味はお店によって異なるそうです。
アヴェイロではどこのカフェでも食べられます。写真はカフェのウィンドウを写したもの。このカフェでひとついただき、おみやげにも購入しました。

4日目のナザレのお夕食でいただいたのは、日本のカステラの原型と言われる「パォン・デ・ロー」。
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卵と砂糖を一緒に泡立て、それに小麦粉を加えて窯で焼くだけのシンプルなもの。
焼き方は様々で、中がトロリとした半生状態のものからパサパサになるまで焼き上げるものなどいろいろあるそうです。
元はポルトガル各地で守護聖人へのお供えものとして焼かれていたのもので、現在でも復活祭には欠かせないお菓子だそう。
ちなみに、ポルトガルに「カステラ」はありません(笑)。

5日目のシントラのランチでいただいたのは、「サラーダ・デ・フルータ」。
フルーツのシロップあえ、いわゆるフルーツポンチです。ポルトガルでポピュラーなデザートだそう。
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6日目のランチでいただいた「プディン・フラン」は、最もポピュラーなデザート。
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甘く、ねっとりとした味わいのプリン。

一番美味しかったのは、リスボンのベレンでいただいた「パステル・デ・ナタ」。
(だ、誰の指?何でこんなにしわしわなのぉ?いや~~ん。)
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何年か前に日本でも流行ったエッグタルト、実はポルトガルの伝統菓子なんです。
ポルトガルで一番美味しいナタが食べられると言われているのが、ベレン地区、「ジェロニモス修道院」近くにある「Pastéis de Belém(パステイス・デ・ベレン)」。
1837年創業のナタの老舗で、ジェロニモス修道院から伝えられた配合と作り方を現在も頑なに守り続けているそうです。
入口は小さくてとても混んでいますが、奥は驚くほど広い。実はお手洗いをお借りしたのですが、行けども行けども辿り着かない(笑)。途中、作っている様子をガラス越しに見ることができました。
あまり時間がなかったので、焼きたての熱々をテイクアウトしました。周りのパイ皮はパリパリ、カスタードクリームは甘さ控えめで、めちゃめちゃなめらか。美味し~い!
時間があれば、店内で粉砂糖とシナモンパウダーを振りかけていただきたかったです。
これだけ食べにリスボンまで行ってもいいかも・・・(嘘)。
by camille_31 | 2007-03-20 23:37 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:7、8日目(8/27、28) 帰国
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久し振りに参加したツアー旅行は、参加者14名が皆旅慣れた人ばかりで、人にも天候にも恵まれ、想像していた通り素敵な国に、感動の日々でした。
楽しい時間はあっという間。いよいよポルトガルとお別れです。

前にも書きましたが、ポルトガル~日本の直行便はありません。
行きはロンドン経由でしたが、帰りはフランクフルト経由。
8/27 14:30 リスボン発、国営のTAPポルトガル航空にてフランクフルトへ。

機内食はチーズの入ったホットサンド。
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行き(ロンドン→ポルト)と同様、何のお肉か不明。見た目は前よりも更に美味しくなさそうに見えるのですが、あまりの不味さに少ししか食べられなかった前回とは違って、今回は美味しい(ポルトガル滞在中に味覚が退化したのではないはず。きっと)。もちろん完食。カップケーキは激甘でした。
記憶にないのだけれど、赤いのは何?アセロラジュース?私がオレンジでもアップルでもないジュースをたのんだなんて、信じられない・・・。

2時間50分のフライトで、18:20 フランクフルト着(ポルトガルとの時差+1時間)。
そして、20:55 フランクフルト発、ANA便にて成田へ。
フライト時間は11時間20分。2回のお食事とサンドイッチorおにぎりの軽食が出ます。

ファーストサービス
見るからに美味しくなさそうですね(笑)。
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セカンドサービス
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ANAのHPで機内食のメニューが確認できるのですが、載っているのは前月分までなので、メニュー名が書けません(笑)。
で、驚いたのがコレ!
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9.11のテロ以降、ナイフはすべてプラスチックに替わり、行きの成田→ロンドン便では、8月9日のロンドン旅客機爆破テロ未遂事件の影響か、フォークまでプラスチックになっているのに驚いたばかりだというのに、帰りのフランクフルト便では、何とステンレス! 久し振りに見ました。

TOP画像のように、ず~っと雲の中。かなり揺れました。
機内で眠れない私は、いつも映画を観たり本を読んだりして過ごします。行きには「バンビ2 森のプリンス」と「ALWAYS 三丁目の夕日」を観たのですが、帰りに何を観たのかは忘却の彼方。5日後の9月だったら「ダ・ヴィンチ・コード」が見られたのに~と、残念に思ったことは覚えているのですが・・・。

翌8/28 15:15 成田着。

7ヶ月もかかって、ようやく東京に戻ってきました。
上海パリのときにもかなり時間をかけたように思っていたのですが、今回はそれとは比較にもならない・・・。何でこんなに時間がかかってしまったのか、自分でもよくわかりません^^;
たった8日間の旅行に、長々とおつき合いいただき、ありがとうございます。
あと1つ、おまけの記事を書いて、ポルトガル旅行記を終わらせたいと思います。
by camille_31 | 2007-03-17 23:57 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:7日目(8/27) リスボン(5) ポンバル侯爵広場周辺
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14:30リスボン発にて帰国の途につきます。
リスボンでの滞在は、リスボン観光で最初に訪れた「エドゥアルド7世記念公園」近くの、高級ホテル、銀行、航空会社などが集まるビジネス街。
11:40ホテル発までの時間、ホテル周辺を散策しました。

この日も朝から快晴。しかもめちゃ暑い。
ポンバル侯爵広場
パリの凱旋門を模したロータリー。
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真ん中に建つのは、ポルトガルを代表する政治家、ポンバル侯爵(1699~1782年)。
1755年の大地震のあとに行われたリスボン再建計画をはじめ、政治、経済、教育など多くの分野で改革を行い、近代ポルトガルの礎を築いた人物。
この像のところに出るには、凱旋門と同様、広場周辺から地下通路を使用します。

広場の後ろに広がるのは、昨日最初に訪れた
エドゥアルド7世公園
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昨日は一番高いところから見下ろしただけなので、のんびり散策しました。
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またまたやってしまいました。裏側からの写真。
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ポンバル侯爵広場から南にのびているのは、ポルトガルのシャンゼリゼ通りと呼ばれる「リベルダーデ通り」。
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大地震の後、都市再建計画によって造られた、幅90m、長さ1,500mのリスボンを代表する大通りです。「リベルダーデ」はポルトガル語で「自由」という意味。
両側の歩道にはプラタナスが植えられています。歩道の幅はかなり広く、写真右側のプラタナス並木の右は、両側をプラタナス並木に挟まれた歩道になっています。
日曜の朝、通りの端のほうなので、人影も車もまばら。

リスボンの通りのほとんどには石畳が敷き詰められていて、タクシーに乗ってもがたごとします。形も大きさもバラバラの敷石は、すべて職人の手作業によるものだそう。
これはリベルダーデ通りの歩道。
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この白と黒の2色は、1173年にリスボンの守護聖人サン・ヴィセンテが2羽のカラスに守られてリスボンに運ばれたことに基づいているのだとか。黒は死とカラスを意味し、サン・ヴィセンテの純粋性を象徴する白はリスボンのシンボルカラーだそう。

この他、スペインの大手デパート「エル・コルテ・イングレス」にも行きました。
14スクリーンのシネコンもある総合デパートで、日本のデパートと同じフロア構成なので、とても見やすいという評判。営業も、月~木曜日は10:00~22:00、金・土曜日は23:30までという優れもの。日曜日のこの日は定休日ですが、目的はデパ地下。こちらは日曜・祝日も10:00~14:00まで営業しています。

前日のお夕食前には、24時まで営業している「アモレイラス・ショッピングセンター」に行きました。こちらには、約350軒のショップ、10軒の映画館やレストラン街、銀行や大きなスーパーが入っています。何も買いませんでしたが、海外のスーパーは見ているだけで楽しい。

デパートもショッピングセンターも、どちらも地図で見るとホテルからそれほど離れているように見えないのですが、歩いてみたら、どちらも延々と続く坂を上った先にあって、かなり大変でした。加えて、前日は風との戦い、この日は暑さとの戦い・・・。
by camille_31 | 2007-03-16 01:12 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:6日目(8/26) ランチ&ディナー
ポルトガル最後のランチは、リスボン市内の小さなレストランで。
パン
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このようなバターが多かったので、最後に記念に(笑)。
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サラダ
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魚介類のリゾット
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プディン・フラン
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ポルトガル観光初日(=旅行2日目)にかなりの勢いで写真を撮ってしまい(1日で100枚以上)、この調子だとメモリーが足りなくなる!と危惧した私は、旅行中のお料理はすべて、1皿1枚のみの撮影で勝負しました(笑)。



ディナーは、この旅行初のフリー。「日本料理が食べたい」とおっしゃる方におつき合いして、リスボンで人気の日本料理店「飛鳥」へ行きました。
この日は土曜日。週末の夜は予約をしたほうがいいそうですが、伺ったときにちょうど、予約と予約の間に1時間余り1テーブルだけ空いているということで、すぐに通していただけました。後からいらした方は皆さん断られていたので、とてもラッキーだったみたい。
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メニューは、お寿司や天ぷら、焼き鳥、丼ものをはじめ、かなり豊富。単品メニューで80種類以上あったような・・・。日本酒や日本のビールもありました。そして本来ポルトガルにはない「カステラ」も。

「日本料理が食べたい」ということだったのに、何故か私たちがたのんだものは焼きそばやラーメン(笑)。
焼き餃子は3人で。
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かなりのボリュームでしたが、見た目ほど味は濃くなく、熱々のうちが特に美味しかった海老焼きそば。
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久しぶりの日本茶も美味しかったです。
日本人の従業員はいませんが、日本語が片言話せる方がお一人いらっしゃいました。
お客さんもほとんどが地元の方。上手にお箸を使いこなす人もいれば、お箸を持つのが初めてのような人も。初めての人には、店員さんが小さく折った割り箸の袋をお箸の上の方に挟み、輪ゴムで止めてあげていましたが、かえって使いにくいような気が・・・(笑)。
このお店の近くにテイクアウト専門のショップもありました。

行きはホテルから上り坂なのでタクシーを使いましたが、帰りは真っ暗な「エドゥアルド7世公園」を通って歩いて帰りました。

朝、公園の一番上から旧市街を見下ろしたときはこんな感じでしたが(再掲載)、
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夜はこんな感じ。
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披露できるような写真ではないのですが、こんなに真っ暗なのよ、とお伝えしたくて(笑)。


「Assuka 飛鳥」
Rua Sao Sebastiao de Pedreira 150
TEL 213 149 345
Kunch 12:00~15:00
Dinner 19:00~23:00
定休日:日
by camille_31 | 2007-03-13 23:23 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:6日目(8/26) リスボン(4) アルファマ地区
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バイシャ地区の東側に広がるアルファマ地区へ。
バイシャと同じ旧市街で、「リスボンの下町」と呼ばれる地域です。「アル」で始まる単語はアラビア語が起源で、迷路のような狭い石畳の路地や白壁の家々はイスラムの影響だそう。

泥棒市
毎週火曜と土曜の10時頃~18時頃まで開かれている蚤の市。
時折掘り出し物が見つかるそうですが、店じまいが近いこともあって、がらくた市といった感じでした。
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サン・ジョルジェ城
丘の上に建つ城塞。リスボン最古の建造物。
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ユリウス・カエサルの古代ローマ時代、ローマ人の手によって建設された要塞。以後、西ゴート族、イスラム教徒、キリスト教徒の王など、次々と支配者の居城となりました。
リスボン大地震で城郭は大破し、現在は16世紀のエンリケ王時代の城壁など一部が残るのみ。
現在、城内は有料の公園となっています。人気のスポットらしく、チケットを買うのに並びました。
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こちらでも城壁に上りましたが、城壁の上を歩くのって大好き。
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散策をするのにとても気持ちのいい公園でしたが、メモリーが残り僅かになってしまって、あまり写真が撮れなかったのが残念。
要塞だっただけあって、城壁からの展望は抜群。リスボンのパノラマが楽しめます。
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テージョ川にかかる「4月25日橋」も見えます。
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中にはレストランやカフェ、ギャラリー、ショップなどもあります。
オープンテラスのカフェで気持ちよい風に吹かれながら、しばらくここでのんびりしました。いっぱいになってしまったメモリーのデータを必死に取捨選択しながら(泣)。
by camille_31 | 2007-03-02 00:47 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:6日目(8/26) リスボン(3) バイシャ地区
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ランチの後は、翌日の11:40にホテルを出発するまでフリー。
旧市街を散策&観光しました。
まずは骨董品店が並ぶ通りで幾つかお店を覗いた後、バイシャ地区へ向かいました。
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「バイシャ」とは、「低い土地」という意味。テージョ川が見えてきました。
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この後、入り組んだ細い石畳に、ガイドブックを手に歩いていても、どこを歩いているのかわからなくなり、大きなお店に入って尋ねることに(苦笑)。

ふたつの丘に挟まれたバイシャ地区は、碁盤目状の道路に、お店やレストランが軒を連ねた、リスボンで最も賑やかな繁華街です。

ひときわ目立つグレーの鉄塔。
サンタ・ジュスタのエレベーター
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フランス生まれのポルトガル人技師ラウル・メスニー・デ・ポンサールの建築。設計は、エッフェルの弟子、フランス人のルイス・レイナルド。
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エレベーターで上ったところからさらに螺旋階段を上ると、展望台兼カフェがあります。ここからの眺めは最高。
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南にテージョ川が見えます。
左端に写っているのはカテドラル。リスボンの大聖堂。
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東側の丘の上に見えるのは「サン・ジョルジェ城」。
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実はこのエレベーターも立派な交通手段。片道と上下往復があり、往復で1.4ユーロ。チケットは、バス、市電、ケーブルカー、サンタ・ジュスタのエレベーターで共通です。
エレベーターで上ったところから、西側の丘の地区「バイロ・アルト」へ通じる連絡橋があります。
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連絡橋を引き返し、エレベーターを下りました。

旧市街の中心にある
ロシオ広場
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正式名称は「ドン・ペドロ4世広場」。「ロシオ(Rossio)」は「公共の広場」という意味。
中央にたつ円柱の頂に、初代ブラジル皇帝となった、ポルトガル国王ドン・ペドロ4世のブロンズ像が立っています。
ブラジルって、ポルトガルの植民地だったんですね。知りませんでした(汗)。ドン・ペドロ4世が初代ブラジル皇帝となったいきさつについては、こちらが詳しいようです。
広場の周囲にはカフェやおみやげ屋さんが並び、バスやタクシーの乗り場もあります。

アウグスタ通り
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ロシオ広場からコメルシオ広場まで続く歩行者天国。ブティックや貴金属店、おみやげ屋さん、銀行などがずらりと並び、絵や革製品を売る露天商や花屋のスタンドが立っています。
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正面に見えるのは、アウグスタ通りの南端にある「勝利のアーチ」。
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途中、市電が通る道を横切って
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「勝利のアーチ」をくぐった先が
コメルシオ広場
テージョ川のほとりにある広々とした開放的な広場。1755年のリスボン大地震で破壊されたマヌエル1世の宮殿があったことから、別名「テレイロ・ド・パソ(宮殿広場)」と呼ばれています。
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中央に立つ騎馬像はドン・ジョゼ1世。1750年に即位した、ブラガンサ王朝時代のポルトガル国王です。
by camille_31 | 2007-02-27 23:51 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:6日目(8/26) リスボン(2) ジェロニモス修道院
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「ベレンの塔」と合わせて世界遺産に登録されている
ジェロニモス修道院
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エンリケ航海王子の偉業を称え、またヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見を記念して、エンリケ王子が船乗りのために建てた礼拝堂の跡地に、マヌエル1世が1502年に着工。大航海時代の巨万の富を背景に、1511年に大半が完成しましたが、最終的には19世紀までかかったそうです。
石灰岩でできた、まるで宮殿のような巨大な修道院。道路に面した横幅は300mだそう。まさに海洋国列強ポルトガルの栄華の象徴のごとくの荘厳さ。
代表的なマヌエル様式の建物で、国立考古学博物館や海洋博物館も併設しています。

写真は修道院のほんの一部ですが、オレンジ色の屋根の部分が居住部分。右側は「サンタ・マリア教会」です。
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修道院に付属する「サンタ・マリア教会」の入口が、修道院の正門である南門。
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聖母マリアに捧げた門で、門の上部中央、この写真のすぐ上にエンリケ航海王子の像が立っています。これには写っていませんが、上の3枚には小さく写っています。
まわりには、修道院の名の由来となった聖ジェロニモスの生涯を描いた彫刻が施されています。

サンタ・マリア教会
礼拝堂では、結婚式が行われていました。
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身廊の高さは25m以上。点に向かってそびえる柱は、ヤシの木を模したといわれ、海洋をモチーフにした模様が刻まれています。
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入場制限はありましたが、お式の最中にも普通に見学ができるんですね。礼拝堂の奥まで行けなかったのは残念でしたけど。

ヴァスコ・ダ・ガマの石棺
礼拝堂の手前、左側に安置されています。真ん中にカラベラ船(帆船)の彫刻。
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右側には、ポルトガル最大の詩人
ルイス・デ・カモンイスの石棺
「ロカ岬」で、「ここに地果て、海始まる」と詠った詩人です。
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この修道院の最大の見どころは、中庭を囲む55m四方の回廊。
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石灰岩の柱やアーチに細密な彫刻が施されています。1階の設計者はマヌエル様式建築を残したボイタック、2階は彼の死後建設を引き継いだスペイン人ジョアン・デ・カスティーリョ。その完成度の高さはマヌエル様式の最高傑作と言われているそうです。
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が、何故か、石のアーチ天井が美しい回廊や緻密な彫刻のアップの写真がなく・・・(涙)。
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まるでレースのようなアーチを持つ石灰岩の回廊は、中庭のグリーンと四角い空から見える夏の青空に映えて、美しく優雅に見えました。

何の部屋か忘れてしまいましたが、回廊脇のアズレージョが美しい部屋。
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修道院の見学箇所はこれくらい。その後、礼拝堂の2階へ上がりました。
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美しいステンドグラスには、イエス・キリストや聖母マリア、マヌエル1世など。
縦長の窓はこの3倍くらいの長さがあります。
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ポルトガルでは、団体で入場観光する際、原則現地ガイドの案内が必要になります。
これまではずっと現地ガイドさんによる英語の解説を添乗員さんが訳してくださっていたのですが、リスボンではリスボン在住の日本人、しかも初の男性ガイド。この方がかなりインパクトのある方で・・・。正直、ジェロニモス修道院よりもこのガイドさんのほうが強く印象に残っています(笑)。
by camille_31 | 2007-02-22 23:54 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:6日目(8/26) 首都「リスボン」(1) ベレン地区他
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最終地は、ポルトガルの首都「リスボン」。
ポルトガル南西部、大西洋に臨む人口約66万人の首都で、イベリア半島最長のテージョ川が大西洋に注ぐ河口に広がっています。
1755年のリスボン大地震で街は壊滅し、その後、都市計画に基づいて再建されたのが現在の街。「7つの丘の都」と呼ばれるほど起伏が激しく、地下鉄や市電、バスの他、ケーブルカーやエレベーターも交通機関となっています。
「良い港」を語源とするリスボンは、ポルトガル語では「Lisboa(リシュボア)」。

この日も朝から爽やかな青空の下、観光をスタート。
エドゥアルド7世公園
1902年にイギリスのエドワード(エドゥアルド)7世がリスボンを訪問したのを記念して造られた公園。
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傾斜地に広がる緑豊かな公園で、中央は幾何学模様の植え込みが作られたフランス式庭園になっています。両側には広い遊歩道があり、体育館や植物園などもあります。
一番上からは旧市街やテージョ川が見渡せます。

頂上にはためくポルトガル国旗。青空に映えます。
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でもこの国旗、裏側からの写真なんです。全然気がつきませんでした・・・(恥)。
緑は誠実と希望を、赤は新世界発見のため大海原に乗り出したポルトガル人の血を表しています。紋章は天測儀。

モラエスの生家
日本をこよなく愛し、作品を通して日本を世界に紹介したポルトガルの作家、ヴェンセスラウ・デ・ソーザ・モラエス(1854~1929年)の生家。
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建物の壁に日本語とポルトガル語で書かれたアズレージョが埋め込まれています。
ここを見るためだけに徳島からリスボンを訪れる人も多いのだとか。徳島市にあるモラエスの旧宅は、現在モラエス館となっています。
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坂の街リスボンには、3本のケーブルカーがあります。そのうちのひとつに乗りました。
市内を縦横に走るサンフランシスコのケーブルカーとは違い、リスボンのケーブルカーは坂を上り下りするだけのもの。とても短いです。
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一応時刻表はあるようですが、乗客がいないと出発しません。上と下とで連絡を取り合って、同時に出発。
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途中で上ってくるケーブルカーとすれ違い、
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あっという間に到着しました。


世界遺産に登録されている「ベレンの塔」や「ジェロニモス修道院」などがあるベレン地区は、1755年のリスボン大地震にも耐え、大航海時代の栄華を今に伝える場所。

ベレンの塔
テージョ川河畔、河口近くに立つ、マヌエル様式の小さな要塞。1515年から5年かけて造られました。正式名称は「サン・ヴィセンテ砦」。
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マヌエル1世がリスボン港防衛のために建てた船舶の監視要塞で、以来数百年にわたって貿易船の通関手続きを行ってきました。
下部はカラベラ船、上部はポルトガルの城をモチーフにしています。装飾はマヌエル様式。優雅な白い外観から、「テージョ川の貴婦人」と呼ばれています。
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高さ30mの6階建て。4階以上は王族の居室、3階は兵器庫、2階は砲台、そして1階は潮の干満を利用した水牢。
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入口は小さく、跳ね橋が掛けられています。1階部分に四角い窓が並んでいますが、潮が満ちると、ここから牢屋に水が入っていきます。美しい「貴婦人」の容姿に隠された残酷な仕掛け・・・。
現在では、上流からの土砂の堆積で次第に川底が上がってしまい、満潮時でも色が変わっている部分までで、水牢部までは満たないようです。現在中は博物館になっています。

この「ベレンの塔」と後程訪れる「ジェロニモス修道院」、ふたつ併せて、1983年に世界遺産に登録されました。

4月25日橋
1966年に完成した全長2,278mの吊り橋。リスボンの市街はテージョ川の北岸にあり、この橋で南岸と結ばれています。上段は車、下段は鉄道専用。
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発見のモニュメント
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テージョ川河畔、バスコ・ダ・ガマがインドへ旅立った場所に立つ、船を型どったモニュメント。1960年、エンリケ航海王子の500回忌を記念して建てられました。
高さ52m。エレベーターで上まで上れるそうですが、私たちは外からのみ。
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カラベラ船を手に、船首に立つのがエンリケ航海王子。その後に、天文学者、宣教師、探検家、地理学者など、大航海時代の英雄が両側に続いています。
3番目に立つのがヴァスコ・ダ・ガマ、後ろ(船尾)から2人目はフランシスコ・ザビエル、反対側には詩集を持ったカモンイスがいます。

「発見のモニュメント」の前の広場には、大理石のモザイクで世界地図と各地の発見年が記されています。全体の写真を撮るのを忘れたのですが(汗)、日本の発見は1541年。
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鉄砲を伝えたポルトガル人が種子島に漂着したのは1543年ですが、この1541年は、ポルトガル船が豊後に漂着した年だそうです。

「発見のモニュメント」前から、マリーナを挟んで、「ジェロニモス修道院」が見渡せます。
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全景を写すのが不可能な巨大な修道院。次はこの「ジェロニモス修道院」を見学します。
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by camille_31 | 2007-02-19 23:52 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:5日目(8/25) ランチ&ファドのディナーショー
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5日目のランチは、シントラの人気レストラン「TENDINHA」で。
多いときにはお店の外にまで行列ができるそうですが、この日も入口で順番待ちをしている方が大勢いらっしゃいました。

ヤギのフレッシュチーズ
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容器をひっくり返して、中身を出していただきます。
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前日のランチのときもヤギのチーズをサービスしてくださったのですが、このときはとても臭いが強くて・・・。こちらは臭いもクセもなくて食べやすかったです。

パン
このお店の人気の理由はこのパン。皆このパンを目当てにいらっしゃるそうです。
絶品!という評判だそうなんですが・・・。
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ソーパ・デ・レグーメス(野菜スープ)
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カルネ・デ・ポルコ・ア・アレンテジャーナ
ポルトガルの代表的なお料理のひとつ。赤ピーマンのペーストで味付けした豚肉とアサリを炒め、コリアンダーとレモン汁で仕上げたお料理。
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サラーダ・デ・フルータ
季節のフルーツのシロップあえ。
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「ロカ岬」のあとは、最終地リスボンへ。
ホテルへチェックインしてから、21時からのファドのディナーショーへ。

「ファド」は、ポルトガルの民俗歌謡。「運命」や「宿命」という意味だそうです。
ファドハウスは午後9時頃に始まり、最終公演が終るのは午前2時頃だそう。
ポルトガル人の心情を歌い上げた、愁いを含むファドを聴き、陽気な民族舞踊を見ながらお食事をいただきました。

お料理のほうは・・・、あまりにも暗くて、何を食べているのか確認するのがやっと(笑)。
カルド・ヴェルデ(キャベツのスープ)イカと豚肉と野菜の串焼きバニラアイス
串焼のみフラッシュをたいてみました(あとの2枚は修正しました)。
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店内はこんな感じ。
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陽気なイタリア人とおとなしい日本人という、対照的な観客(笑)。

「ファド」の心は「サウダーデ(solidao)」とか。「サウダーデ」とは、失ってしまった人、土地、時間などに対する郷愁を表すもので、懐かしさ、悲しさ、哀惜、やるせなさなどが入り交じった、ポルトガル人にしか理解できない感情だそうです。
私の席は、最前列の一番端でした・・・。
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片手をポケットに入れて歌うのが、男性ファディスタの伝統的なスタイルだそう。
ファドの伴奏は、ヴィオーラと呼ばれる通常のギターと、ギターラというポルトガル独特の丸いギター。向かって右手のヴィオーラのおじさん、とても優しそうな方だったんですが、この目つき、ちょっと怖い・・・。あ、私を睨んでいるわけではないですよ(笑)。
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ファドの合間には、陽気な民族音楽と民族舞踊。次第にテンポを早め、床を激しく踏み鳴らす激しいタップダンスもありました。 
女性の靴がかわいかったのですが・・・、写ってないですね。
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女性ファディスタは、黒いショールを肩にかけるのが伝統的なスタイル。こちらの方がこのお店の看板スターだそう。あっちこっちからお声がかかってもすべて断っているのだとか。
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by camille_31 | 2007-01-31 23:59 |  ポルトガルとグルメ
ポルトガル紀行:5日目(8/25) ヨーロッパ大陸最西端「ロカ岬」
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シントラの西10km、ユーラシア大陸(ヨーロッパ大陸)最西端の「ロカ岬」へ。
宮本 輝著 『ここに地終わり 海始まる』を読んだ10年近く前から、一度訪れたいと思っていた「ロカ岬」。
物語は、リスボンから投函されたこの岬の絵葉書から始まります。ロカ岬についてはほんの数行書かれているだけなのですが、何故か殺風景なこの地に惹きつけられた私。

北緯38度47分、西経9度30分。西には大西洋が広がり、その遥か先にはポルトガル領のアゾレス諸島が点在します。
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岬には、観光案内所と1軒のみやげ物屋兼レストランがあるのみ。
標高140mの断崖絶壁の上に、十字架の石碑が建っています。
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a0039199_19422862.jpg石碑には、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙事詩『ウズ・ルジアダス』の一節が刻まれています。
(『ウズ・ルジアダス』の初版本はマフラ修道院の図書館に収蔵。あのコウモリを飼っている図書館です。)

  「AQUI...
  ONDE A TERRA SE ACABA
  E O MAR COMECA」


  「ここに地果て、海始まる」
 


この碑文をテーマにした宮本 輝の小説は、再生、再出発の物語です。

ロカ岬へは、シントラとカスカイスからバスが出ています。
シントラから40分、カスカイスから30分ほど。リスボンからの日帰り観光も可能です。

ここは、カモンイスが感極まって詩を詠んだ場所であるとともに、かつて大航海時代にはエンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマらの航海を見送った岬でもあります。
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ヨーロッパ大陸最西端到達証明書
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岬の観光案内所で発行される証明書。5ユーロと10ユーロのものがあります(これはツアー料金に含まれていたものなので、多分5ユーロのほう)。
古い書体の名前と日付、蝋印。とても素敵ですが、自分の名前すら判読が難しい(笑)。
名前は加工しましたが、名字の1文字目はそのままです。読めます?

裏面に7ヵ国語で訳されています。日本語は一番下。
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証明書
ポルトガル国シントラにあるロカ岬に到達されたことを証明します。ここは、ヨーロッパ大陸の最西端に位置し、「陸尽き、海はじまる」と詠われ、新世界を求め、未知の海へとカラベラ船を繰り出した航海者たちの信仰心と冒険魂が、今に尚、脈打つところです。




ここはいつも大西洋から吹き付ける風が強いそうですが、このときは現地ガイドさんも驚くほどの強風。「日本人は軽いから、幼稚園児のようにみんなで手をつないで歩いてね~」と(笑)。着いたときには綺麗な青空が広がっていたのに、あっという間に雲が押し寄せてきました。
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撮した写真はこれですべて。この後は、歩くのも困難な程の強風に、とても写真が撮れる状況じゃなくなりました(悲)。
by camille_31 | 2007-01-28 23:39 |  ポルトガルとグルメ