タグ:【旅】クロアチア・スロヴェニア 2007 ( 36 ) タグの人気記事
8、9日目(8/29、30):帰国
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前年のポルトガルと同様、ツアー客(13名)にも添乗員にも恵まれた今回の旅行。
想像していた以上にすばらしい光景にたくさん出会えた日々でした。
美しい自然と紺碧のアドリア海と美しい古都に、感動の連続。
中でも「プリトヴィッツェ湖群国立公園」(↑)と「ドブロヴニク」(↓)。 いつかこの2箇所に絞って再訪したいです。

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前も書きましたが、日本~クロアチアの直行便はありませんので、帰国もヨーロッパでの乗り継ぎになります。行きと同様、ミュンヘン経由でした。

8/29 12:45 ザグレブ発、ルフトハンザドイツ航空にてミュンヘンへ。
フライト時間は1時間5分。
サンドウィッチとお水がサーブされました。

そして、15:55 ミュンヘン発、ルフトハンザドイツ航空にて成田へ。
フライト時間は11時間20分。
2回のお食事とサンドイッチorおにぎりの軽食が出ました。

ファーストサービス
オードブル:お寿司、お蕎麦、カイザーロール
メイン:ストロガノフ グリンピースと人参、マッシュポテト
  or 若鶏のカレーソース さやえんどう、沢庵、ご飯添え
デザート:フルーツサラダ「トロピカル」
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この頃はまだ珍しかった、ステンレス製のカトラリー。ころっとした丸いデザインがかわいかったです。
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セカンドサービス
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翌8/30 10:15 成田着。


永遠に終わらないかと思ったほど、だらだらと続けてきた一昨年のスロヴェニア・クロアチア旅行記。最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
ほんの僅かでも、スロヴェニアとクロアチアの魅力をお伝えすることができたのなら嬉しいです。
昨年の夏はパリを訪れたので、こちらもそのうちご紹介できたら、と思っています。
by camille_31 | 2009-07-22 00:21 |  クロアチア・スロヴェニア
7日目(8/28):クロアチア 首都「ザグレブ」(3)
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お昼をいただいてホテルにチェックインした後は、フリータイム。
今度は、新市街のほうをを徒歩で観光しました。

ザグレブは緑が多くて、歩いていてとても気持ちがいいです。
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ズリンスキー広場、ストロスマイル広場、トミスラフ広場と、3つの緑溢れる広場が並んでいます。
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ちょっとしたステージみたいなもの?
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日本大使館
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近代美術館
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ストロスマイル広場の中にあります。入りませんでしたが、近代だけではなく、様々な時代の絵画が展示されているそう。
TOPの写真は反対側から撮影したものです。

公園のような広場の両側は、オーストリアの影響を受けたことがわかる重厚な街並みでした。そちらも撮影しておけばよかったな~と。
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トミスラフ広場
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19世紀末に整備された、ザグレブ中央駅前に広がる広場です。
交通の要所でもあり、花壇や噴水があって、市民の憩いの場でもあります。
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広場に建つ、初代クロアチア国王トミスラフの像。
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ものすごい数の鳩がいました。馬の上にも、トミスラフの頭のてっぺんにも(笑)。


ザグレブ中央駅
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駅の地下には大きなショッピングモールがあり、そちらも一通り覗いてみました。


クロアチア国立劇場
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オペラ座とも呼ばれるザグレブの国立劇場は、オーストリア・ハンガリー帝国の時代に、ウィーン出身のヘルメルとフェルネルの二人の建築家によって建造。
1895年、オープニングセレモニーに招かれたハプスブルク家の皇帝フランツ・ヨゼフが銀のハンマーで最後の釘を打って完成させたそうです。


クロアチアの首都「ザグレブ」は、この旅行で最初に訪れたスロヴェニアの首都「リュブリャーナ」同様、日本から両国を訪れる際には外せない都市ではありますが、残念ながら、私にとってはどちらもあまり魅力を感じる街ではありませんでした。
他に魅力的な都市をたくさん訪れたせいもあるのでしょうけれど・・・。

この日のお夕食は、かわいらしいレストランでザグレブ風トンカツをいただきました。
照明が暗めだったせいか、写真は全滅(悲)。
翌日はいよいよ帰国です。
by camille_31 | 2009-07-21 23:47 |  クロアチア・スロヴェニア
7日目(8/28):クロアチア 首都「ザグレブ」(2)
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聖マルコ教会
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13世紀にゴシック様式で建てられ、1880年の大地震後に修復された教会。
カラフルなタイル屋根が特徴的。修復中だったのが残念ですが。

左が、中世クロアチア王国(赤白チェック)、ダルマチア地方(3頭のライオン)、スラヴォニア地方(クーナ)の紋章を組み合わせたもの、右はザグレブ市の紋章です。
「クーナ」とは、クロアチア語で動物のテンのこと。クロアチアの通貨単位もクーナ(Kn)ですが、中世にテンの毛皮が貿易に使われていたことに由来しているそうです。
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修復工事を行った際に施されたモザイク模様。
当時建材として注目されていたハンガリーの名窯ジョルナイ工房のセラミックで造られました。
温度差に強く、色彩豊かなジョルナイのセラミックは、ウィーンの聖シュテファン寺院やブダペストのマーチャーシュ教会の屋根にも使われているそうです。

アップで撮影しても美し~い。
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聖マルコ教会前の広場は、小さいながらも、クロアチアの国家の中枢機関が集まる行政の中心地。
公共機関の建物にはクロアチアの国旗がはためいています。
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大統領官邸
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国会議事堂
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こちらは一般住宅ですが、ステキだったので。
右端に写っているのはガス灯。毎朝、毎夕、192ものガス灯に火が灯されるのだそう。
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旧市街の丘から新市街を見下ろします。
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このすぐ横には、僅か50秒という、世界一短いケーブルカーがありますが、私たちは徒歩で丘を下りました。

下ったところにあるのが
共和国広場(イェラチッチ広場)
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サッカー場ほどの広さがある広場の周囲には、カフェやレストラン、ショップなどが入ったビルが建ち並んでいます。ビルのほとんどが19世紀のものだそう。
路面電車が行き交い、大勢の人で賑わっていました。

広場の中央に立つのは、19世紀の軍人で、独立の闘士とされるクロアチアの英雄、イェラチッチ総督。
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by camille_31 | 2009-06-06 00:11 |  クロアチア・スロヴェニア
7日目(8/28):クロアチア 首都「ザグレブ」(1)
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すっかり滞っていましたが、クロアチア旅行記の続きを・・・。


クロアチアの首都「ザグレブ」は、内陸部に位置する、人口約80万の古都。
アドリア海に沿って連なるディナル・アルプス山脈が地中海世界と内陸部とを遮断し、ヴェネチアの影響をもたらさなかったため、アドリア海の都市とは全く異なる趣があります。
影響を与えたのはハンガリーとオーストリア。
町は、中世の町並みが残る丘の上の旧市街と、19世紀の建物が建ち並ぶ丘の下の新市街に分かれています。

当初、ザグレブの観光は午後の予定でしたが、7:20というとんでもなく早い時間に着いてしまったので、到着後すぐに観光を始めました。徒歩での旧市街観光です。

カプトルとグラデッツ(現ゴルニィ・グラード)という2つの丘から成り立つ旧市街。
緑に囲まれた町並みには、ゴシック様式やバロック様式の重厚な建築物が多く存在します。

聖母被昇天大聖堂
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カプトル地区の丘に建つ、ザグレブのシンボル。13~18世紀にかけて建てられました。
高さ105mのふたつの尖塔は、町のいたるところから見ることができます。
現在の外観は、1880年の大地震後に修復されたもので、ネオゴシック様式を取り入れて再現されました。

修復時に予算不足だったため、ザグレブ近郊から採取した砂岩を使用したそうですが、柔らかい砂岩を使ったために傷みが激しく、1900年代の前半に南塔、第二次大戦後に北塔の一部が早くも修復されることになりました。
1990年、大聖堂を長期にわたり維持するためのプロジェクトが立ち上がり、ファサードの砂岩を石灰岩に置き換える作業が現在も続けられています。
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ステンドグラスで飾られた内部は、天井が高く、荘厳な雰囲気が漂っています。
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グラゴール文字。
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「グラゴール文字」とは、スラブ圏最古の文字。
ギリシャ正教会の司祭キュリロス(827~869年)と兄メトディオス(826~885年)が、異教徒への布教のために考案した文字です。
その後、正教会の勢力圏では「キリル文字」(現在スラヴ圏で広く用いられている「キリル文字」(キュリロスに因む)は、キュリロスの弟子らがグラゴール文字を改良して作ったものだとされています)に移行していきましたが、ローマ・カトリック圏に属するクロアチアでは、近代までクロアチア語の表記にグラゴール文字を用いていたそうです。

写真の左手前に、グラゴール文字を考案したふたりの司祭の祭壇があり、ロウソクが灯されていました。

大聖堂横の花壇。
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ザグレブ市の紋章をかたどった花壇かと思ったのですが・・・違いました^^;
でも何かの紋章ですよね、きっと。

大聖堂前のカプトル広場に建つ聖母マリアのモニュメント。
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青果市場
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「ザグレブの胃袋」とも呼ばれる青果市場は、1926年から旧市街にあり、現在残っている市場の中で最も古いものだそうです。
地下もあり、ここでは主にお肉などが売られていました。
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石の門
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中世にグラデッツ地区を囲んでいた城壁にあった城門の一つ。
当時、東西南北に4つの門がありましたが、その中で現存する唯一の城門(東門)です。

門の内部には聖母マリアのイコン(聖画)が収められた小さな礼拝堂があります。
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中世に造られた当初の城門は木製でしたが、1731年の大火で焼け落ちたてしまったときにも、この聖母マリアを描いたイコンだけは無傷だったそうです。
大火がおさまった後に、まだくすぶる灰の中から拾い出された無傷のイコンに人々は驚き、大切に保管しました。
1760年に石で造りかえられた際、礼拝堂を設け、この奇跡のイコンが収められました。
現在も、ロウソクを灯し、祈りを捧げる人が絶えません。
by camille_31 | 2009-05-31 23:03 |  クロアチア・スロヴェニア
6、7日目(8/27、28):クロアチア クラヴァット&ディナー&ハードな朝
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城壁巡り(123)を終えた後は、↑の路地(階段)をちょっと上がった、雰囲気のいい思いっきりレトロなカフェ(暗くて写真は全滅)で冷たいものを飲んで、しばらく休憩。
その後、再び旧市街を散策&ショッピングしました。
旧市街にはかわいらしいお店が多く、市場もあって、見ているだけで楽しいです。


ところで、クロアチアはネクタイ発祥の地だということをご存知でしたか?
17世紀、クロアチアの騎兵部隊が戦場に出るとき、妻や恋人は、愛する兵士の無事と活躍の祈りを込めて、兵士の首にスカーフを巻いて戦場に送り出しました。
親衛隊として雇ったクロアチア人の兵士たちが首に巻物をしているのを見たルイ14世は、側近の者に「あれは何だ?」と尋ねたところ、「あの兵たちは何者?」と尋ねられたと勘違いした側近は、「クラヴァット(クロアチア兵)です」と答えたそうです。
これがもとで、首の巻物は クラヴァット(cravate)と呼ばれるようになりました。

やがてそのファッションは、イギリス、アメリカへと伝わり、現在のネクタイとなりました。
今も日本語や英語以外の言語では、ネクタイではなく、「クラヴァット」(英語表記cravat)と呼ぶところが主流だそうです。
で、私も老舗の「CROATA」でおみやげを購入。
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この日のお夕食は、ホテルから徒歩5分程のレストランへ。
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19時を過ぎて、ようやく陽が傾きはじめました。暑さも和らいで、風がとっても爽やか。
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レストランのテラスから城壁が望めます。
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アドリア海で採れたたくさんのムール貝(↓これで一人分)や大きなロブスター(写真は失敗しました)などをいただきました。
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ここでいただいたクロアチアワイン、美しいドブロヴニク旧市街の写真が印刷されたラベルがステキでした。

満月の夜で、帰り道もとても気持ちがよかったです。
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翌日は首都ザグレブヘ。
パンフレットの日程では、「午前:ザグレブヘ移動、午後:ザグレブ市内観光」となっていました。
が、飛行機の座席確保が難しかったようで、出発10日ほど前に送られてきた日程表によると、

6:25 ドブロヴニク発、クロアチア航空にて首都ザグレブへ
7:20 ザグレブ着

となっていました・・・。
6:25ドブロヴニク発って・・・(汗)。

ホテル発5:00。スーツケースのピックアップは4:15、という、とんでもない時間でした。
5つ星ホテルでの優雅な朝食は前日の1日だけで、この日の朝食は、ホテルが4:30に用意してくださった朝食BOX。
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(↑バターやジャムは何に使えばいいの??)
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これを空港で慌ただしくいただきました(悲)。

早朝なのに、空港はたくさんの人で溢れ、飛行機も満席でした。
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フライト時間55分でクロアチアの首都ザグレブに到着。
だらだらと続けてきたこの旅行記、ようやく最後の訪問地となります。
by camille_31 | 2008-11-11 23:57 |  クロアチア・スロヴェニア
6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(7) 城壁巡り 3
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前を向いたり、左側を見下ろしたり、後ろを振り返ったり、と、めちゃめちゃに写真を撮っていますが・・・。
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で、そのめちゃめちゃな順番のまま載せてしまっていますが・・・。
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ミンチェタ要塞は、城壁の中で一番高い場所にあります。
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要塞の上からの眺めは最高!
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右に写っているのが、旧市街の入口「ピレ門」。
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頂上付近の右側に小さ~く写っているのが、前にも書いた、ナポレオンが立てた十字架。
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この辺りの城壁から、宿泊した「ヒルトン・インペリアル・ドブロヴニク」が臨めました。
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城壁巡りも終わりに近づくと淋しい気分になってきます。
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再び、フランシスコ会修道院。
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修道院内部には、独立戦争の際に打ち込まれた砲弾跡がそのまま残されていましたが、屋根には大きな被害はなかったようです。
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暑いけれど、楽しかった城壁巡りはおしまい・・・。
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こんなに暑くなかったら、もう一周しちゃったかも(笑)。
ちなみに、9枚上の縦長の写真(上から6枚め)に、城壁への階段(城壁から下りる階段)が写っているので、アップにしてみました。
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★アドリア海の真珠「ドブロヴニク」 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
by camille_31 | 2008-10-24 23:56 |  クロアチア・スロヴェニア
6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(6) 城壁巡り 2
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ところどころ、まだ修復や発掘調査が行われているところも。
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城壁散歩は気持ちがよくて楽し~い。
高いところは大好きだし、どちらを向いても絵になる光景だし・・・。
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でも、暑いっっ!
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海側の城壁には、ところどころにアドリア海に向けて大砲が置かれています。
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かつて繁栄を極めたドブロヴニクの旧港。
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現在のメインポートは旧市街から2kmほど西にあり、こちらは、プライベートボートやロクルム島へ行く船の発着港として使われています。
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プラツァ通りの突き当たり、ルジャ広場にある時計塔は、毎正時になると、2人のブロンズの鐘つき人が鐘を鳴らします。
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数分待って、15時に鐘を鳴らすところを目の前で見ることができました。見るのに必死で、鳴らした瞬間の写真は撮れませんでしたが。
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旧港に面した聖イヴァン砦。反対側は半円を描いています。
海洋都市国家として栄えた中世、外海から旧市街への侵入を防いでいました。
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多分、ドミニコ修道院。
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逆光のため、屋根の色が違って見えます。
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城壁巡りのハイライト、ミンチェタ要塞が見えてきました。
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歩いているのは山側の城壁ですが、高いので、アドリア海までが一望です。
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by camille_31 | 2008-10-23 23:21 |  クロアチア・スロヴェニア
6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(5) 城壁巡り 1
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ドブロヴニクは『魔女の宅急便』のモデルとなった街のひとつ。
ランチの後、城壁の上から美しい旧市街を堪能しました。

旧市街を取り囲む城壁は、8~17世紀に絶え間なく増改築を繰り返して建造されました。
1周約2km、幅3~6m、高いところでは25mの高さがあり、角にある各要塞を結んでいます。
城壁の上は遊歩道になっていて、そこから眺める、オレンジ色の屋根瓦がびっしり連なる旧市街、その向こうに広がる紺碧のアドリア海、緑のロクルム島・・・、どれだけ眺めていても飽きない光景です。

城壁に上る入口は旧市街に3ヵ所ありますが、一番わかりやすい、メインゲート「ピレ門」脇の入口(↓)から上りました。料金は50Kn(約1,138円)。
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ここから城壁に上ると、まずメインストリートのプラツァ通りが一望できます。
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手前は、旧市街散策で最初に訪れたフランシスコ会修道院、プラツァ通りの突き当たりに時計塔。

写真を撮りながらゆっくり歩いても1時間はかからない距離ですが、のんびりと2時間近くかけて一周しました。
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城壁の上から撮影した写真は100枚以上。選択が大変です^^;
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城壁は北側がスルジ山の裾野になっているため、山側が高く、海側が低くなっています。傾斜や階段が多く、かなりアップダウンがあります。
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こちらは、前にもご紹介した、城壁の外、旧市街への入口(ピレ門)そばにある、ロヴリィエナッツ要塞。
サマーフェスティバルのときにはここでハムレットなどのシェークスピア劇が上演されるそうです。
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海側の城壁は、外側がすぐ海です。
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城壁の外にもオレンジ屋根が連なっていますね。
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一口にオレンジ色といっても、鮮やかなオレンジ色の瓦と、色の褪せた古びた瓦屋根があります。
鮮やかなオレンジ色の屋根は、クロアチア独立戦争の際にドブロヴニクが受けた大砲撃の後、修復されたものだそう。
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こうして見ると、中世以来の街並みの約8割が破壊されてしまったことがよくわかります。

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ロクルム島が見えてきました。
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雲ひとつない青空。気持ちが良さそうでしょう?
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でも、ただでさえ気温が高い上に、強い日差しを遮るものもなくて・・・、とにかく暑いっ!!
海で泳ぐ人たちが気持ちよさそうで羨ましかったです。
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次回訪れるときには絶対に水着を持ってこようと心に決めました。
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みんな、泳ぐというよりも浮かんでいる感じ。塩分濃度が高いのかしら?
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旧市街のお店の入口には、「アイスクリーム禁止マーク」(食べもの持ち込み禁止)、「犬禁止マーク」(ペット入店不可)、「水着禁止マーク」が貼ってあるところが結構ありました。
by camille_31 | 2008-10-21 22:07 |  クロアチア・スロヴェニア
6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(4)
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メインストリートのプラツァ通りから横に、北側のスルジ山方向にのびる路地は、すべて階段状になっています。
こういう趣のある路地、大好きです。
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細い路地の両側には、カフェやパブが並んでいます。
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ランチの前にスムージーバーに、午後城壁巡りをした後に、古いカフェに入りました。
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階段状の路地の中程に、プラツァ通りに平行して走るプリイェコ通りが交差しています。
この通りにはレストランがずらっと並んでいます。
ここではないのですが、このようなお店でランチをいただきました。
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レストランのそばにいたワンちゃん。
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プリイェコ通りより上の路地には、生活感がたっぷり感じられる光景も。
民家と民家をつないだ洗濯物、どうやって干したのでしょう?
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by camille_31 | 2008-09-16 23:22 |  クロアチア・スロヴェニア
6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(3)
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石が敷き詰められたプラツァ通りは、何百年もの往来で摩耗して、ぴかぴかに磨かれています。
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通りの両側には、ショップやレストラン、カフェ、銀行、旅行会社などが並んでいます。
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通りの両サイドには狭い路地が網の目のようにのびています。
北側のスルジ山側に向かう路地は、すべて階段状になっていて、レストランやショップと住居が混在した、趣のある街並みとなっています。
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聖ヴラホ教会
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ドブロヴニクの守護聖人、聖ヴラホを祭った教会。
元はゴシック様式の教会でしたが、フランシスコ会修道院同様、1667年の大地震で崩壊し、1715年、ヴェネチア人の建築家によりバロック様式で建て直されました。
教会内には銀製の聖ヴラホ像があり、左手に、大地震以前のドブロヴニクの町の模型を乗せています。残念ながら内部は撮影禁止でした。


旧市街の中心、ルジャ広場に建つスポンザ宮殿と時計塔。・・・とスルジ山。
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ルジャ広場付近には、市庁舎や旧総督邸も建ち並び、ここが街の中心であったことをうかがわせます。

背後にそびえるのは、標高412mのスルジ山。
途中からハゲているのは、1991年に始まった独立戦争の爪痕と、私たちが訪れる2、3週間前に酷暑のために起こった山火事のせい。
山頂には、ドブロヴニクを征服し、共和国を崩壊に追い込んだナポレオンが建てた白い十字架が立っています(小さ~く写っているのがそうです)。
上の写真をアップにしてみました。
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かつてはケーブルカーで山頂まで上ることができ、旧市街を見下ろす人気の観光スポットだったそうですが、独立戦争の際、旧ユーゴスラビア連邦軍によって破壊されてしまいました(写真にも無惨な姿が写っていますね)。
現在も修復されておらず、山頂には車か徒歩で登ることになります。


スポンザ宮殿
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1516年に建てられた、ダルマチア地方独特の建造物。1667年の大地震の被害を受けなかった、数少ない建物です。3階部分に立っているのは聖ヴラホ。
税関、造幣局、財務省、文化サロン・・・と次々に役目が変わり、現在は、多数の古地図や古文書を保管する古文書館であると同時に、独立戦争被害者のための記念堂にもなっています。

中に入ると、壁一面に被害者の顔写真が飾られ、壁上部には、攻撃を受けたときの写真が並べられています。
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1991年12月6日、旧ユーゴスラビア連邦軍は、2,000発もの砲弾をドブロヴニクに降らせたそうです。
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最善の努力を尽くして長年守り続けてきた美しい街並みが、かつての同胞の手によって破壊され、多くの人々が犠牲になりました。
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壁を覆い尽くす被害者の写真には、独立のために立ち上がった若者が多く、あどけない笑顔に胸が痛くなりました。


時計塔
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地元の有名な鐘職人であるイヴァン・ラブリィヤンにより制作された鐘は、現在も緊急時や時刻を知らせるために使われています。
時計には短針しかついていませんが、下の文字盤時計によると、10:50ですね(写真を撮影した時刻を確認したら、ちゃんと合っていました!)。


スポンザ宮殿を背に、左側が市庁舎(旧評議会)。1階はカフェになっています。
その向こうが旧総督邸、正面は大聖堂。右側は聖ヴラホ教会です。
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旧総督邸
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15世紀に建てられたゴシック・ルネサンス様式の建物。現在は博物館になっています。
独裁を防ぐため、総督の任期はわずか1ヶ月だったそう。
任期中は、家族と離れてここに住み込み、公務の他は一切外出が許されず、ひたすら執務に専念しなければならなかったそうです。しかも、名誉職のため、無給だったとか。

内部には入らなかったのですが、総督の執務室や会議用のサロンなどが見学できます。
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当時のガラス窓。
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大聖堂
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1192年にイギリスのリチャード1世が創建しましたが、こちらも1667年の大地震で崩壊。
現在の大聖堂は1713年にバロック様式で建て直されたものです。
主祭壇には、16世紀に活躍したヴェネチア派の巨匠ティツィアーノが描いた「聖母被昇天」が飾られ、主祭壇の左手の宝物殿には、貿易都市として栄えていた当時の財宝が保存されており、当時の町の繁栄ぶりを垣間見ることができます。
また、聖ヴラホの頭蓋骨、手、足など、聖遺物も収められています。
残念ながら、この教会も内部は撮影禁止でした。
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ルジャ広場の裏手に、かつてのドブロヴニクの港(旧港)があります。
前日の夜に家々の灯りを撮影したのはこの場所。
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大型フェリーも発着する現在のメインポートは旧市街から2kmほど西にあり、この旧港は、プライベートボートや、ロクルム島へ行く船の発着港として使われています。
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偶然目の前を通った衛兵の交代式。
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見物人の後ろ、右のほうに写っている像は、1418年に作られた「ローラント像」。
騎士ローラントの剣を持つ右腕半分の長さ(肘から手まで)が、商品を計測する際の基準となっていたそうです。巻き尺や物差しなどが普及していなかった当時、公正な商取引ができるよう、公共の広場(ルジャ広場)にあるこの像の肘を長さの単位に使ったそう。
土台部分にも、この肘の長さ(=51.2cm)が刻み込まれています。
by camille_31 | 2008-09-15 01:55 |  クロアチア・スロヴェニア