ポルトガル紀行:4日目(8/24) 聖地「ファティマ」
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4日目はまず、聖母マリア出現の奇跡で知られる、キリスト教徒の聖地「ファティマ」へ。
コインブラの南約90kmにあります。


********  ファティマの奇跡  ********

第一次世界大戦中の1917年5月13日、3人の羊飼いの子どもの前に聖母マリアが出現するという奇跡が起きました。
9歳のフランシスコと7歳のジャシンタの兄妹、そのいとこにあたる10歳のルシアの3人がいつものように丘の上で羊の番をしていると、突然空が輝き、聖母マリアが3人の前に姿を現しました。そして今後5ヶ月間、毎月13日の同じ時刻、同じ場所に現れることを告げ、消え去りました。

噂は近隣の町や村に広がり、毎月13日には大勢の人が詰めかけましたが、聖母マリアの声は3人の子どもにしか聞こえず、子どもたちは謗られ続けます。
それでも、最後の出現となる10月13日には、奇跡を一目見ようと、7万人を超す人が集まりました。
やがて3人の子ども達が祈り始めると、土砂降りだった雨空から突然太陽が輝き、光が空を走ります。そして聖母マリアはやはり3人だけに聞こえる声で、「この地に礼拝堂を建てるように」と言い、3つの予言を告げたのです。

その予言とは、ひとつは第一次世界大戦の終結、ふたつ目は第二次世界大戦の勃発でした。
やがてその予言は現実のものとなるのですが、第一次世界大戦が終結した翌1919年にフランシスコが、さらに1920年にジャシンタが神に召されてしまいます(第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発をひとつ目の予言とし、このふたりの昇天をふたつ目の予言とする説もあります)。

1920年代後半からこの地への巡礼が盛んになりますが、1930年、ヴァチカンは正式に、ファティマを聖母出現の奇跡の地と認定しました。
出現の奇跡が起きた当時はオリーブの樹が点在する荒地だったファティマは、多くの巡礼者が集まるカトリックの聖地となったのです。

ところで、3つ目の予言ですが、その内容は口外することを許されず、ひとり生き残り、後に修道女となったルシアのみが知るところとされていました。
しかし、2000年になって、その予言は前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の襲撃を予言したものだったことが公にされたのです。

1981年、ヨハネ・パウロ2世がバチカンで襲撃。その日は偶然にも、ファティマに聖母マリアが初めて現れたのと同じ5月13日でした。重傷を負った法王がその後奇跡的に回復したのはマリアさまの御加護があったためと、翌年の5月13日、法王はお礼の参拝のためにファティマを訪れています。

その後2005年2月13日、ルシアは97歳で天に召され、同年4月にはヨハネ・パウロ2世が逝去しました。

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簡単にまとめたつもりですが、かなり長くなってしまいました。
読んでくださってありがとうございます。


マリアさまが出現した場所には礼拝堂が建ち、隣接して広大な広場と、1953年に建てられた荘厳な「バジリカ(Basilica)」があります。
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540m×160m、30万人以上が収容可能な巨大な広場は、毎月13日、特に5月と10月の大祭には多くの巡礼者で埋め尽くされるそうです。
私たちが訪れたのは13日でも休日でもありませんでしたが、夏休みシーズンだからでしょうか、多くの巡礼者や観光客が訪れていました。
ちなみに上の写真は、広場のかなりバジリカに近い位置から撮っています。

2日目に訪れた「ボン・ジェズス教会」の記事で、熱心な信徒は、祈りを唱えながら、長い石段の一番下から膝で登ってくると書きましたが、このバジリカでは、広大な広場の一番端から礼拝堂や大聖堂まで、長いロウソクを手に、膝で一歩ずつ歩いて向かう信者を何人も見かけました。
膝にサポーターやタオルを巻き、一人で、もしくは同行者に手を引かれ、懸命に前進する姿には胸を打たれました。若い方も多く、10代と見られる女性もいらっしゃいました。


聖母マリア出現の礼拝堂
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上の写真の右下部分が、他の小さな石が敷き詰められたところと地面(石)が違うの、わかりますでしょうか? ここを膝をついて歩いていくのです。

「出現の礼拝堂」は、聖母マリアが3人の子どもの前に出現した地に建っています。
中には聖母マリアの像があり、ロウソクの火が絶えません。ものすごい人で、遠くから手を伸ばして撮影するのが精一杯。
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ヴァチカンのサン・ピエトロ寺院を彷彿させる荘厳なバジリカは、1928~1953年に建設されました。
65mの塔を中心にした、左右対称のネオ・クラシック様式で、バジリカ自体が巨大な祭壇となっています。
巨大すぎて、全貌を撮影するには、かなり広場の先まで行かないと写せません。
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手前のキリスト像が立つ足元には泉が湧き出していて、聖なる水と呼ばれ、飲むこともできたのですが、私たちが訪れる少し前に突然枯れてしまったそうです。
その理由として信じられているお話もお聞きしたのですが、ごめんなさい、忘れてしまいました。
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正面には大きなミサを行うための司祭席があり、バジリカ内部には、奇跡を目撃した3人のうち、フランシスコとジャシンタの墓があります。

塔の左側、「聖家族の聖堂」と呼ばれる部分。
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大聖堂の内部。
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こちらもミサの前で、ものっすごい人。
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毎日数回のミサが行われているそうです。
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12万本のパイプを持つパイプオルガンは、ポルトガル最大だそう。反対側にも同じようにパイプが並んでいます。
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バジリカの案内所で詳しい日本語のパンフレットをいただいたのですが、そこには広大な広場が巡礼者で埋め尽くされた写真が載っています。

オリーブの樹が点在する荒地にすぎなかった地が、3人の子どもの話を信じることによって、多いときには100万人もの信徒が訪れる聖地となった。宗教というものの力の大きさに改めて驚かされるとともに、神聖であるべき大切な祈りの場に、観光客として興味本位で訪れることに、違和感というか、罪悪感というか・・・、何だかとても複雑な心境になったファティマ滞在でした。
by camille_31 | 2006-11-15 23:46 |  ポルトガルとグルメ
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