6日目(8/27):クロアチア ドブロヴニク(3)
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石が敷き詰められたプラツァ通りは、何百年もの往来で摩耗して、ぴかぴかに磨かれています。
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通りの両側には、ショップやレストラン、カフェ、銀行、旅行会社などが並んでいます。
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通りの両サイドには狭い路地が網の目のようにのびています。
北側のスルジ山側に向かう路地は、すべて階段状になっていて、レストランやショップと住居が混在した、趣のある街並みとなっています。
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聖ヴラホ教会
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ドブロヴニクの守護聖人、聖ヴラホを祭った教会。
元はゴシック様式の教会でしたが、フランシスコ会修道院同様、1667年の大地震で崩壊し、1715年、ヴェネチア人の建築家によりバロック様式で建て直されました。
教会内には銀製の聖ヴラホ像があり、左手に、大地震以前のドブロヴニクの町の模型を乗せています。残念ながら内部は撮影禁止でした。


旧市街の中心、ルジャ広場に建つスポンザ宮殿と時計塔。・・・とスルジ山。
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ルジャ広場付近には、市庁舎や旧総督邸も建ち並び、ここが街の中心であったことをうかがわせます。

背後にそびえるのは、標高412mのスルジ山。
途中からハゲているのは、1991年に始まった独立戦争の爪痕と、私たちが訪れる2、3週間前に酷暑のために起こった山火事のせい。
山頂には、ドブロヴニクを征服し、共和国を崩壊に追い込んだナポレオンが建てた白い十字架が立っています(小さ~く写っているのがそうです)。
上の写真をアップにしてみました。
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かつてはケーブルカーで山頂まで上ることができ、旧市街を見下ろす人気の観光スポットだったそうですが、独立戦争の際、旧ユーゴスラビア連邦軍によって破壊されてしまいました(写真にも無惨な姿が写っていますね)。
現在も修復されておらず、山頂には車か徒歩で登ることになります。


スポンザ宮殿
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1516年に建てられた、ダルマチア地方独特の建造物。1667年の大地震の被害を受けなかった、数少ない建物です。3階部分に立っているのは聖ヴラホ。
税関、造幣局、財務省、文化サロン・・・と次々に役目が変わり、現在は、多数の古地図や古文書を保管する古文書館であると同時に、独立戦争被害者のための記念堂にもなっています。

中に入ると、壁一面に被害者の顔写真が飾られ、壁上部には、攻撃を受けたときの写真が並べられています。
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1991年12月6日、旧ユーゴスラビア連邦軍は、2,000発もの砲弾をドブロヴニクに降らせたそうです。
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最善の努力を尽くして長年守り続けてきた美しい街並みが、かつての同胞の手によって破壊され、多くの人々が犠牲になりました。
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壁を覆い尽くす被害者の写真には、独立のために立ち上がった若者が多く、あどけない笑顔に胸が痛くなりました。


時計塔
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地元の有名な鐘職人であるイヴァン・ラブリィヤンにより制作された鐘は、現在も緊急時や時刻を知らせるために使われています。
時計には短針しかついていませんが、下の文字盤時計によると、10:50ですね(写真を撮影した時刻を確認したら、ちゃんと合っていました!)。


スポンザ宮殿を背に、左側が市庁舎(旧評議会)。1階はカフェになっています。
その向こうが旧総督邸、正面は大聖堂。右側は聖ヴラホ教会です。
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旧総督邸
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15世紀に建てられたゴシック・ルネサンス様式の建物。現在は博物館になっています。
独裁を防ぐため、総督の任期はわずか1ヶ月だったそう。
任期中は、家族と離れてここに住み込み、公務の他は一切外出が許されず、ひたすら執務に専念しなければならなかったそうです。しかも、名誉職のため、無給だったとか。

内部には入らなかったのですが、総督の執務室や会議用のサロンなどが見学できます。
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当時のガラス窓。
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大聖堂
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1192年にイギリスのリチャード1世が創建しましたが、こちらも1667年の大地震で崩壊。
現在の大聖堂は1713年にバロック様式で建て直されたものです。
主祭壇には、16世紀に活躍したヴェネチア派の巨匠ティツィアーノが描いた「聖母被昇天」が飾られ、主祭壇の左手の宝物殿には、貿易都市として栄えていた当時の財宝が保存されており、当時の町の繁栄ぶりを垣間見ることができます。
また、聖ヴラホの頭蓋骨、手、足など、聖遺物も収められています。
残念ながら、この教会も内部は撮影禁止でした。
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ルジャ広場の裏手に、かつてのドブロヴニクの港(旧港)があります。
前日の夜に家々の灯りを撮影したのはこの場所。
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大型フェリーも発着する現在のメインポートは旧市街から2kmほど西にあり、この旧港は、プライベートボートや、ロクルム島へ行く船の発着港として使われています。
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偶然目の前を通った衛兵の交代式。
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見物人の後ろ、右のほうに写っている像は、1418年に作られた「ローラント像」。
騎士ローラントの剣を持つ右腕半分の長さ(肘から手まで)が、商品を計測する際の基準となっていたそうです。巻き尺や物差しなどが普及していなかった当時、公正な商取引ができるよう、公共の広場(ルジャ広場)にあるこの像の肘を長さの単位に使ったそう。
土台部分にも、この肘の長さ(=51.2cm)が刻み込まれています。
by camille_31 | 2008-09-15 01:55 |  クロアチア・スロヴェニア
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