7日目(8/28):クロアチア 首都「ザグレブ」(1)
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すっかり滞っていましたが、クロアチア旅行記の続きを・・・。


クロアチアの首都「ザグレブ」は、内陸部に位置する、人口約80万の古都。
アドリア海に沿って連なるディナル・アルプス山脈が地中海世界と内陸部とを遮断し、ヴェネチアの影響をもたらさなかったため、アドリア海の都市とは全く異なる趣があります。
影響を与えたのはハンガリーとオーストリア。
町は、中世の町並みが残る丘の上の旧市街と、19世紀の建物が建ち並ぶ丘の下の新市街に分かれています。

当初、ザグレブの観光は午後の予定でしたが、7:20というとんでもなく早い時間に着いてしまったので、到着後すぐに観光を始めました。徒歩での旧市街観光です。

カプトルとグラデッツ(現ゴルニィ・グラード)という2つの丘から成り立つ旧市街。
緑に囲まれた町並みには、ゴシック様式やバロック様式の重厚な建築物が多く存在します。

聖母被昇天大聖堂
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カプトル地区の丘に建つ、ザグレブのシンボル。13~18世紀にかけて建てられました。
高さ105mのふたつの尖塔は、町のいたるところから見ることができます。
現在の外観は、1880年の大地震後に修復されたもので、ネオゴシック様式を取り入れて再現されました。

修復時に予算不足だったため、ザグレブ近郊から採取した砂岩を使用したそうですが、柔らかい砂岩を使ったために傷みが激しく、1900年代の前半に南塔、第二次大戦後に北塔の一部が早くも修復されることになりました。
1990年、大聖堂を長期にわたり維持するためのプロジェクトが立ち上がり、ファサードの砂岩を石灰岩に置き換える作業が現在も続けられています。
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ステンドグラスで飾られた内部は、天井が高く、荘厳な雰囲気が漂っています。
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グラゴール文字。
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「グラゴール文字」とは、スラブ圏最古の文字。
ギリシャ正教会の司祭キュリロス(827~869年)と兄メトディオス(826~885年)が、異教徒への布教のために考案した文字です。
その後、正教会の勢力圏では「キリル文字」(現在スラヴ圏で広く用いられている「キリル文字」(キュリロスに因む)は、キュリロスの弟子らがグラゴール文字を改良して作ったものだとされています)に移行していきましたが、ローマ・カトリック圏に属するクロアチアでは、近代までクロアチア語の表記にグラゴール文字を用いていたそうです。

写真の左手前に、グラゴール文字を考案したふたりの司祭の祭壇があり、ロウソクが灯されていました。

大聖堂横の花壇。
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ザグレブ市の紋章をかたどった花壇かと思ったのですが・・・違いました^^;
でも何かの紋章ですよね、きっと。

大聖堂前のカプトル広場に建つ聖母マリアのモニュメント。
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青果市場
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「ザグレブの胃袋」とも呼ばれる青果市場は、1926年から旧市街にあり、現在残っている市場の中で最も古いものだそうです。
地下もあり、ここでは主にお肉などが売られていました。
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石の門
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中世にグラデッツ地区を囲んでいた城壁にあった城門の一つ。
当時、東西南北に4つの門がありましたが、その中で現存する唯一の城門(東門)です。

門の内部には聖母マリアのイコン(聖画)が収められた小さな礼拝堂があります。
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中世に造られた当初の城門は木製でしたが、1731年の大火で焼け落ちたてしまったときにも、この聖母マリアを描いたイコンだけは無傷だったそうです。
大火がおさまった後に、まだくすぶる灰の中から拾い出された無傷のイコンに人々は驚き、大切に保管しました。
1760年に石で造りかえられた際、礼拝堂を設け、この奇跡のイコンが収められました。
現在も、ロウソクを灯し、祈りを捧げる人が絶えません。
by camille_31 | 2009-05-31 23:03 |  クロアチア・スロヴェニア
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